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第68話 最強の債権者と、不敵な総理

挿絵(By みてみん)


 鼓膜を震わせるような大歓声と、目を焼くような無数のフラッシュが羽田空港の到着ロビーを埋め尽くしていた。


「聖女様!こちらへ一言!」


「ヒミコさん、今後のご予定は!?」


 殺到する数千人の報道陣と、奇跡の少女を一目見ようと押し寄せた熱狂的な群衆。警察の警備線すら決壊寸前の狂乱の中にあって、渦中の中心であるヒミコは、どこ吹く風だった。


「サクッ……もぐもぐ……」


 彼女はクライ国の大統領府で貰った伝統菓子を両手で持ち、小動物のようにのんびりと頬張っている。世界をひっくり返した自覚など微塵もない、いつものマイペースな姿だ。


「道を開けろ」


 低く、冷徹な声が響いた。

 源田だ。猛禽類のような鋭い眼光が周囲をひと睨みすると、狂乱していた報道陣が本能的な恐怖に気圧され、サッと波が引くように道を開けた。

 源田はSPをも凌ぐ手際と威圧感で、ヒミコや三上たち護衛チームを、首相官邸が特別に手配していた黒塗りの迎賓車へと次々に押し込んだ。


          ◇


 首相官邸、特別応接室。

 日本初の女性総理である市ヶ谷は、目の前に座る凄腕の弁護士を、面白そうに見つめていた。


「お疲れ様、源田さん。そしてヒミコちゃんも。大仕事だったわね」


「挨拶は省きましょう。ビジネスの時間です」


 源田は一切の愛想笑いを見せず、アタッシュケースから一冊の分厚いファイルをテーブルに滑らせた。


「クライ国での『お掃除』に要した魔法行使の特別報酬、および我がヒール屋の法的コンサルティング料の請求書です。以前合意いただいた通り、日本政府による『代位弁済』の形を取らせていただきます」


 市ヶ谷の背後に控えていた秘書官が、恐る恐るその書類を開き、額面を見た瞬間に「ひっ」と短い悲鳴を上げて顔を青ざめさせた。三百億円――民間企業からの請求としては規格外の、目眩がするようなゼロの羅列だったのだ。

 だが、市ヶ谷総理は顔色一つ変えなかった。


「……ふふっ」


 彼女は不敵に微笑むと、万年筆を手に取り、一切の躊躇なく決済のサインを書き込んだ。


「総理!? さすがにこの額は財務省が――」


「黙りなさい」


 市ヶ谷は秘書官をピシャリと制し、源田の鋭い瞳を真っ直ぐに見返した。


「日本の品格を世界一に引き上げた『チップ』としては、安すぎるくらいね。立替払いはきっちり国が保証するわ」


          ◇


「……話が早くて助かります。では、我々はこれで」


「待ちなさい。本題はこれからよ」


 席を立とうとした源田を引き留め、市ヶ谷は一通の極秘リストをテーブルに置いた。


「ヒミコちゃん宛ての、面会要請のリストよ」


 源田が目を落とすと、そこにはCIA、アメリカ国防総省、そしてアメリカ大統領からの「直接会談の要求」がずらりと並んでいた。要請というより、半ば恫喝に近い文面の数々だ。


「連邦国の核が消え去ったのを見て、まだ自国に強大な核を保有している大国がパニックを起こしているわ。自分たちの絶対的な抑止力である『核』すら、彼女の魔法の前には無力化されかねないのだから」


 市ヶ谷は、美味しそうに総理官邸の高級な茶菓子を頬張るヒミコを横目で見ながら、ため息交じりに言った。


「彼らは、ヒミコちゃんという新たな『戦略兵器』を自国に取り込みたくて必死よ。……日本政府としても全力で盾になるつもりだけど、気をつけることね」


「ご忠告、感謝します」


 源田はリストを無造作に胸ポケットへねじ込み、一礼して部屋を後にした。


          ◇


 官邸の重厚な扉を出た直後、源田のスマートフォンが低いバイブレーションを鳴らした。

 ディスプレイに表示された名は、世界経済を牛耳るITの巨人――ハワード。かつてアメリカでヒミコが治癒したアリスの父親だ。


『久しぶりだな、ミスター・ゲン』


 電話越しに響く、鷹揚で余裕に満ちた声。


『アメリカ政府が、なりふり構わず君たちとの接触を求めているようだな。どうだ? 昔のよしみで私が仲介役を買って出てもいいが。……それに、アリスもヒミコに会いたがっていてね』


 恩着せがましい提案の裏に透けて見える強欲な計算と、断りにくくするための少女の名前。

 だが、源田は動じない。むしろ、その鋭利な瞳の奥で、ゾクゾクするような歓喜の火を灯していた。


「……ゲンさん。今日の晩ご飯、ツナマヨある?」


 呑気な声で背中をつついてくるヒミコの頭を軽く撫でながら、源田は不敵な笑みを浮かべた。


「ありがたい申し出だ、ハワード。検討させてもらおう」


 電話を切った源田は、夕闇に染まり始めた東京の空を見上げた。

 巨大な国家、底知れぬ資本、そして世界最強の軍事力。それらすべてが今、この「一万円の聖女」に群がり、奪い合おうとしている。


「いよいよ……世界中が顧客ターゲットか」


 誰にも聞こえないほどの低い独白が、新たな戦いの始まりを告げていた。



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