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第65話 復興の代償と、未来への入学証

挿絵(By みてみん)


 厳戒態勢が敷かれた、クライ国大統領府の最上階。

 重厚なマホガニーの円卓を挟み、凄絶なまでの緊張感が会議室を満たしていた。


「……源田殿。我が国が受けた傷は、あまりにも深すぎる。国民の怒りを鎮め、死者の無念を晴らすためには、独裁者グロモフを我が国で裁き、この手で処刑するほかに道はない」


 ヴォロディン大統領は、血の滲むような声でそう絞り出した。

 その悲痛な主張に対し、源田は腕を組んだまま、猛禽類のような鋭い眼差しで大統領を真っ向から見据えていた。彼の眼には、剥き出しの理知が冷徹な光を放っている。


「大統領閣下。お気持ちは痛いほど分かります。ですが、彼をここで処刑すれば、連邦国の残党による新たな憎しみの連鎖――テロを生むだけです」


 源田は、手元のファイルを滑らせた。


「オランダ・ハーグに本部を置くICC(国際刑事裁判所)は、すでにグロモフに対して逮捕状を出しています。そこに身柄を引き渡し、国際社会の御前で『合法的に』裁かせること。そして、奴から没収した二千億ドル――日本円にして約三十兆円の資金を、クライ国への復興資金として全額譲渡する。これが、我々からの最大の譲歩です」


「金で……金で死者の命が買えるとでも言うのか!」


 ヴォロディンがバンッと机を叩いて立ち上がる。

 三十兆円という天文学的な復興資金は、焦土と化したクライ国にとって喉から手が出るほど欲しいものであることは間違いない。だが、それでもなお、一国のリーダーとして「国民の血の代償」を金で割り切ることはできなかった。


 交渉が決裂の様相を呈し、三上や真壁たち護衛チームにも緊張が走った、その時だった。


「……殺しても、死んだ人は帰ってこないよ?」


 緊迫した空気など全く意に介さない様子で、ヒミコがふらりと円卓に近づいてきた。

 手には半分かじった特製ピリジィキを持ったまま、彼女は不思議そうに大統領を見上げている。


「それに、そのおじいさんをお掃除したら、また新しい『汚れ』が増えるだけだよ」


「……聖女様」


「お金あげるから、殺すのやめて。……私ね、これから学校を作ろうと思ってるの」


 突拍子もないヒミコの言葉に、ヴォロディンだけでなく、源田でさえも僅かに眉を動かした。


「学校……ですか?」


「うん。魔法を教える学校。……お掃除するためじゃなくて、人を助けるための魔法を教えるの」


 ヒミコは、先ほどグロモフにお菓子を分けた時のように、自分の持っている「大切なもの」を差し出すような無垢な瞳で、大統領を真っ直ぐに見つめた。


「その学校の入学枠、毎年一枠、クライ国にあげる」


 その瞬間、会議室の空気が完全に凍りついた。

 ヴォロディン大統領の目が、極限まで見開かれる。


 五千四百五十九発の核弾頭が消滅した今、世界のパワーバランスは根底から覆った。

 そんな新たな世界において、「魔法使い」という未知にして最強の戦略資源を、毎年確実に自国に迎え入れることができる権利。それは、三十兆円という莫大な資金援助すら霞むほどの、途方もない国家利益に他ならなかった。


(……すごい。大統領の魂の色が……)


 部屋の隅で『心眼魔法』を展開していたレイナは、息を呑んだ。

 血の報復を求め、荒れ狂う嵐のようだったヴォロディンの魂の色が、ヒミコの言葉を受けた瞬間にピタリと凪ぎ、静かで深い「納得」と「未来への希望」の色へと劇的に変わっていくのが視えたのだ。


「……負けましたよ、聖女様。そして、源田殿」


 長い、長いため息の後。

 ヴォロディン大統領は、まるで憑き物が落ちたような穏やかな顔で、ゆっくりと席に座り直した。


「過去の清算よりも、未来の希望を選ぶ。……それが、為政者の果たすべき責任ですね。三十兆円の復興資金と、ICCへの引き渡し。そして……魔法学校への入学枠。我が国は、この条件で合意いたします」


「賢明なご判断です、大統領閣下」


 源田は静かに頷き、契約書を差し出した。

 内心では「まったく……高くつく命を救ったものだ」とぼやきながらも、この純白の少女が持つ絶対的な「光」が、凄腕の弁護士にも切れない憎しみの連鎖をいとも容易く断ち切ってしまったことに、口元を微かに緩ませていた。


          ◇


 すべての署名が終わり、固い握手が交わされた。

 長きにわたる戦火に本当の終止符が打たれた大統領府を、ヒミコ一行は静かに後にする。


「……ゲンさん」


 廊下を歩きながら、ヒミコが源田のコートの袖をちょこんと引っ張った。


「学校できたら、ツナマヨ学食に入れてもいい?」


 歴史的な会談の直後とは思えない、どこまでもマイペースなヒミコの問いかけ。

 源田はやれやれと短く息を吐き、足を進めながら前を向いたまま答えた。


「それは校長の判断に任せるよ」



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