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第63話 独裁者の破産宣告

挿絵(By みてみん)


 クライ国大統領府の最上階に用意された、豪奢な応接室。

 本来ならば国賓をもてなすためのその華美な空間は、今や冷徹な「事務手続き」を行うための法廷へと変貌していた。


「……ふん。俺をこんな椅子に縛り付けて、どうするつもりだ」


 部屋の中央、アンティークの頑丈な椅子に拘束された連邦国大統領グロモフが、引き攣った笑みを浮かべて凄んだ。

 すべてを失い、敵国のど真ん中へ引きずり込まれたというのに、彼にはまだ最後の「命綱」があると信じているような、卑屈な虚勢があった。


「俺を殺せば、世界中に隠匿した数百億ドルの資産は永遠に失われるぞ。……命を助けてここから出せ。さもなくば、その金は二度と表には出ん。どうだ、悪い取引じゃないだろう?」


 グロモフの言葉に対し、正面のソファで腕を組んでいた源田は、ふっと鼻で笑った。

 彼の鋭い眼光が、一切の感情を交えずに独裁者を射抜く。凄腕弁護士としての剥き出しの知性が、物理的な暴力以上にグロモフを威圧していた。


「……取引だと? お前は自分の立場が分かっていないようだな」


「な、なに……?」


「レイナ」


 源田が短く呼ぶと、部屋の隅で静かに控えていたレイナが、ゆっくりとグロモフの前へと歩み出た。


「『心眼』」


 レイナが静かに呟くと、彼女の瞳の奥で神秘的な魔力の光が揺らめいた。

 彼女の視界には今、グロモフの魂そのものが映し出されている。そして、そのどす黒い魂の中心から、世界中へ向けて蜘蛛の糸のように伸びる無数の「欲の糸」がはっきりと視えていた。


「……パナマのペーパーカンパニーに三つの口座。スイスのプライベートバンクに、無記名の貸金庫が五つ。……ケイマン諸島のダミー会社を経由した資金洗浄の記録。それに、何重にも暗号化された複数の暗号資産ウォレット」


 レイナの透き通った声が、澱みなく座標と口座番号を読み上げていく。


「な……っ!?」


 グロモフの顔から、一瞬にして血の気が引いた。


「総額、およそ二千億ドル……日本円にして、三十兆円以上の隠し資産。間違いないわね」


「ば、馬鹿な! デジタル上の足跡はすべて消したはずだ! スイスの口座だって、俺の生体認証がなければ絶対に……!」


 発狂したように絶叫する独裁者を見下ろし、源田は冷たく言い放った。


「デジタルフットプリントは消せても、魂に刻まれた罪と欲の痕跡までは消せなかったようだな」


 源田は立ち上がると、懐から一束の書類を取り出し、マホガニーのデスクにバサリと叩きつけた。

 それは、世界を裏から牛耳る凄腕弁護士が作成した、『ヒール屋』の正式な請求書であった。


「……なんだ、これは」


「請求書だ。世界最強の軍隊を退場させた『強制執行実費』、五千四百五十九発の核弾頭を無力化した『廃棄処理手数料』、全地球規模の『放射能汚染防止代行費用』、そしてクライ国への『人道支援コンサルティング料』……これらに遅延損害金を加えた総額だ」


 グロモフの震える目が、一番下の数字を追う。

 そこには、レイナがたった今暴き出した二千億ドルの資産を、ほんのわずかに上回る天文学的な金額が記されていた。


「お前が一生をかけて掻き集めた全財産を以てしても、まだ少し足りないな。……まあいい、端数はサービスしてやる」


「き、貴様ら……っ! 俺の全財産を奪う気か!」


「奪うのではない。正当な法的報酬として『回収』するだけだ」


 源田は高級な万年筆を、グロモフの鼻先に突きつけた。


「サインしろ、債務者グロモフ。貴様が生きてここを出る条件はただ一つ、この世で最も無力な『無一文』になることだ」


「ふざけるな! 誰がこんなものに……!」


 その時だった。

 重苦しい殺気など全く意に介さない様子で、ソファでツナ入りのピリジィキをサクサクと頬張っていたヒミコが、ぽつりと呟いた。


「……ゲンさん」


 ヒミコは、大きな瞳で床に縛り付けられた独裁者を不思議そうに見つめながら小首を傾げる。


「この人、もう悪いことできないくらい、中身からっぽになった?」


 それは、悪意の一切ない、純粋無垢な問いかけだった。

 しかし、世界中の「悪意」をたった一万円で消滅させた白銀の少女の言葉は、グロモフにとって「死」そのものよりも恐ろしい引導に聞こえた。

 サインを拒めば、自分の魂ごと『お掃除』される。その確信が、彼から最後の抵抗の意思をへし折った。


「あ……ああ、ああっ……」


 拘束を解かれたグロモフの右手がガタガタと震え、万年筆を握る。

 そして、泣き咽びながら、資産譲渡契約書の署名欄に自らの名前を刻み込んだ。

 三十兆円という途方もない悪銭が、凄腕弁護士のペン一本と少女の無垢な言葉によって、一瞬にして合法的な「ヒール屋の報酬」へと変換された瞬間だった。


「……取引成立だ」


 源田は満足げに書類を回収し、ジャケットの内ポケットへと丁寧に仕舞い込んだ。

 そして、部屋の入り口に立つ三上へと振り返る。


「三上、市ヶ谷総理に電話だ。日本政府が抱えることになる天文学的な請求だが……『最高の担保』の確保と、債権回収の目処が立ったと伝えろ」


「了解しました、ゲンさん」


 三上が携帯電話を取り出して部屋を出ていく。

 窓の外には、すべてが終わったことを祝福するかのように、美しく燃えるような夕日がクライ国の平和な街並みを照らし出していた。


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