第62話 史上最大の強制執行
源田が世界に向けて放った「最後通牒」から、きっかり3日後の朝。
クライ国大統領府の執務室に設置された大型モニターには、国境地帯の慌ただしい映像が次々と映し出されていた。
『……アメリカ合衆国が主導するNATO軍は、「独裁政権からの解放」と「残存する大量破壊兵器の技術確保」を大義名分とし、連邦国への大規模な軍事介入を開始しました。すでに空母打撃群からの艦載機が発進し――』
ニュースキャスターの緊迫した声をBGMに、源田は不機嫌そうに舌打ちをした。
画面の中では、アメリカ大統領が「正義と平和の守護者」としての堂々たる演説を行っている。彼らは核が消え去り、反撃能力を完全に失った連邦国という「死に体」に対し、いけしゃあしゃあと軍靴を踏み入れようとしていた。
「……さんざん武器を売りつけ、紛争を煽っておきながら、美味しい所だけは総取りか。火事場泥棒にも作法というものがあるだろうに」
源田は冷徹な瞳でモニターを睨みつけると、背後のソファで待機していた剣崎へと振り返った。
「剣崎、仕事だ。NATOの特殊部隊が大統領府に踏み込む前に、グロモフを『生きたまま』ここに引っ張ってこい」
「……アメリカに手柄を渡さないためか」
「ああ。今回ヒミコに世界を救わせた莫大な経費と報酬の請求先は日本政府だが、あの大統領の身柄は、その支払いを一ミリも値切らせないための最高の『担保』になる。火事場泥棒にくれてやるには惜しい資産だ」
「……了解。一分で終わらせる」
剣崎は短く応じると、懐から一つの石を取り出した。
それは、ヒミコの強大な魔力をチャージした特殊な「魔石」だ。
本来、剣崎の転移魔法は戦闘中の短距離移動を目的としたものだが、純白の光を放つこの規格外の魔石を媒介にすることで、国境を越え大陸間を移動する「長距離転移」という神業すら可能になる。
剣崎が魔石を強く握りしめ、魔力を解放した瞬間。
彼の姿は、空間の揺らぎと共に大統領府からふっと消失した。
◇
同時刻、連邦国の大統領執務室。
暗く冷たい部屋の中で、独裁者グロモフは震える手で大型拳銃を自らのこめかみに押し当てていた。
窓の外からは、空を切り裂くステルス戦闘機の爆音。そして重厚な扉の向こうからは、侵入してきたNATOの特殊部隊――デルタフォースの足音と、爆破工作の準備をする英語の怒号が聞こえてくる。
「終わりだ……何もかも……っ」
アメリカの捕虜となり、全世界のさらし者になるくらいなら、自ら命を絶つ。
グロモフが絶望の中で引き金に指をかけた、まさにその数秒前だった。
突如、部屋の中央で空間がぐにゃりと歪み、眩い光と共に黒いコート姿の男が音もなく現れた。
剣崎蒼司である。
「な、貴様は――」
グロモフが目を剥いた瞬間、剣崎は凄まじい「神速」で踏み込んだ。
一瞬で距離を詰め、拳銃を握るグロモフの手首を弾き飛ばすと、そのまま首根っこを無造作に掴み上げる。
一切の抵抗も、悲鳴を上げる隙すら与えない。
ドゴォォォォンッ!!
次の瞬間、特殊部隊の仕掛けたC4爆薬が炸裂し、重厚な扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。
硝煙と土埃の中、完全武装の米軍兵士たちがレーザーサイトを交差させながら部屋へと雪崩れ込む。
「フリーズ! 動くな!」
だが、怒号を上げた隊員たちは、すぐに呆然と銃口を下ろすことになった。
主を失い、ただ紫煙だけが燻る空っぽの革張り椅子。
そして、そのマホガニーの重厚なデスクの上には、一枚の紙切れがひらひらと舞い落ちていた。
『――領収書。ヒール屋』
たった一人の護衛による神速の強制執行によって、世界最強の軍隊は完全に鼻を明かされたのだった。
◇
「ひっ、ああっ……!?」
クライ国の大統領府。分厚い絨毯の上に、グロモフが無様に放り出された。
瞬きをする間に自国から敵国のど真ん中へと引きずり込まれた彼は、過呼吸を起こしながら周囲を見回す。
「ご苦労だったな、剣崎」
源田は床で震えるかつての独裁者を一瞥すらせず、暗号化された衛星通信の受話器を耳に当てた。
接続先は、たった今「正義の介入」を宣言したばかりのアメリカ合衆国、ホワイトハウスだ。
『……なんだ、貴様は。この回線にどうやって……』
「お忙しいところ失礼、大統領閣下」
源田は凄腕弁護士としての冷徹な笑みを浮かべ、流暢な英語で告げた。
「貴方がたが探している『商品』なら、今、私の目の前で無様に床を這いずり回っていますよ」
『……なっ!? 馬鹿な、デルタフォースの突入と同時に消えたという報告は、貴様の仕業か!』
「ええ。ですから、莫大な税金を使った軍事介入はもう不要ですね。グロモフの身柄は、私が『法的に』差し押さえましたから。どうぞ、お引き取りを」
源田は一方的に通信を切り、受話器を置いた。
これでNATO軍は大義名分と目標を同時に失い、進軍を停止せざるを得ない。世界の主導権は、完全に源田たちの手に落ちた。
「……あむ。ゲンさん、これ、ツナマヨ入ってる」
緊迫した空気などどこ吹く風で、ソファに座るヒミコが、クライ国の料理人が工夫を凝らして作ったツナ入りのピリジィキをかじりながら、嬉しそうに呟いた。
「そうか、そいつは良かったな」
源田はヒミコにだけ少しだけ声のトーンを落として答え、それからゆっくりと、床で震えるグロモフを見下ろした。
ドサッ、と分厚いファイルの束を、彼の目の前に叩きつける。
「さて、大統領閣下」
源田の瞳の奥に、一切の感情を排した冷たい知性の光が走った。
「命の代金と、世界中から集まったツケの支払いについて……じっくりと、法的に詰めさせてもらおうか」
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