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第61話 空っぽの玉座と、死に体の帝国

挿絵(By みてみん)


 連邦国大統領府の中心に位置する、最高指導者専用の豪奢な大会議室。

 かつては重鎮たちが肩を並べ、怒号と絶対的な忠誠が飛び交っていたその権力の中枢は今、不気味なほどの静寂に包まれていた。


 巨大な円卓の最奥。玉座のような革張りの椅子に、独裁者グロモフはただ一人、亡霊のように座り込んでいた。


 正面の巨大モニターには、数時間前に全世界へ向けて発信された源田の「最後通牒」の映像が、ニュース番組の録画として繰り返し流されている。


『3日以内に、無条件降伏しろ』


 その冷徹な凄腕弁護士の声が響くたび、グロモフは血走った目で目の前にある分厚いジュラルミンケース――国家の命運を握る「核のボタン」を、狂ったように何度も叩きつけていた。


「動け……っ! なぜだ、なぜ接続されない!!」


 バンッ! バンッ! と、拳から血が滲むほど力任せに叩く。

 だが、かつて世界を恐怖に陥れたその漆黒のシステムは、無機質な赤い文字で『ERROR - WARHEADS NOT FOUND(弾頭消失)』という絶望的なエラーメッセージを返すだけだった。


「核さえあれば……あの忌まわしい炎さえあれば、世界は俺に跪くはずだった……! たった一人の小娘のせいで……俺の、俺の帝国が……っ!」


 豪華絢爛なシャンデリアの下で、力の源泉を失った独裁者の悲鳴だけが虚しく響き渡る。


 そこへ、重厚な扉がおずおずと開かれた。

 入ってきたのは、まだ若い末端の秘書官ただ一人だった。彼は恐怖に顔を引き攣らせ、手にしたタブレット端末を震える両手で抱え込んでいる。


「……誰だお前は! 内相はどうした! 国防相を呼べ! すぐに全軍に首都防衛の指令を……」


「だ、大統領閣下……」


 秘書官は、泣き出しそうな声で首を横に振った。


「誰も……来ません」


「なんだと?」


「内務相も、国防相も、財務相も……全閣僚が『急な体調不良』を理由に、本日の緊急会議を欠席すると。……実際には、数時間前にご家族を連れて、それぞれのプライベートジェットで国外へ向かったとの報告が……」


「ば、馬鹿な……」


 グロモフは絶句した。

 連邦執行権力機関と呼ばれる巨大な中央省庁は、すでに完全に機能停止に陥っていた。

 彼らはグロモフに忠誠を誓っていたわけではない。彼が握る「核」という絶対的な暴力に怯え、従っていただけだったのだ。その恐怖の枷が外れた瞬間、泥舟から逃げ出すネズミのように、我先にと国家を見捨てて逃亡を図ったのである。


「さらには、前線や国境地帯の部隊からも、次々と通信が途絶しています……。核を消し去った『聖女』の怒りを恐れ、将兵たちが勝手に武装を解除し、軍服を焼き捨てて一般市民に紛れて脱走していると……」


「軍隊が……消滅しているというのか……」


 世界最強を自負していた連邦軍は、もはや戦わずして内部から崩壊し、ただの案山子と化していた。


「それだけではありません! たった今、欧州から緊急の共同声明が……!」


 秘書官がタブレットの画面を切り替えた瞬間、大統領府の厚い防音ガラスを震わせるほどの、凄まじい重低音が空から降ってきた。


 ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


「ひっ……!」


 グロモフが椅子から転げ落ちる。

 それは、連邦国の領空を我が物顔で引き裂く、戦闘機の爆音だった。


「イギリス、フランス、ドイツの欧州主要国が、我が国の保有する全ての核弾頭の消滅を科学的に確認したと発表! 先ほどのヒール屋の『最後通牒』を支持し……我が国への武力介入――宣戦布告を行いました!」


 モニターには、クライ国へ向けて怒涛の勢いで進軍を開始する欧州の連合軍、空挺部隊、そして空母打撃群の映像が映し出されていた。

 絶対的な盾であった核を失った連邦国など、長年睨み合ってきた欧州諸国からすれば、格好の獲物でしかない。


「あ、ああ……ああっ……!」


 玉座から転げ落ちたグロモフは、頭を抱えて床を這いずり回った。

 数時間前まで世界の覇者を気取っていた男は、今や身内から見放され、外敵に包囲された「裸の王様」として、迫り来る死神の足音に怯えることしかできなかった。


          ◇


 同時刻。クライ国、大統領府の最上階。

 国賓として迎えられた源田は、ふかふかの高級ソファに深く腰掛け、タブレットで次々と飛び込んでくる世界情勢のニュースを冷徹な目で追っていた。


「……予想通りだな。欧州の老獪な狐どもめ、タダ飯の匂いを嗅ぎつけるのは本当に早い」


 源田が不敵に口角を吊り上げる横で、ヒミコはクライ国の兵士たちから山のように貢がれた高級なお菓子を、幸せそうにサクサクと頬張っていた。


「……ゲンさん。みっか(三日)、待つの?」


 口の周りにクッキーの欠片をつけたヒミコが、不思議そうに首を傾げる。

 源田は苦笑して、手渡されたナプキンで彼女の口元を乱暴に、けれど丁寧に拭ってやった。


「あの大統領は、俺が『考える時間』として3日を与えたと勘違いしているだろうな。だが違う」


 源田は窓の外、歓喜に沸くクライ国の首都を見下ろし、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


「あの3日間は……奴の権力が内部から完全に腐り落ち、味方に裏切られ、世界中の軍隊が『空っぽの城』を完全に包囲するための時間だ。逃げ道すら残さないよう、奴自身に絶望を理解させるための……死刑台への階段だよ」


 ヒミコがもたらした奇跡を、最大限の「致死毒」として敵の中枢へ流し込む。

 凄腕弁護士が仕掛けた冷酷なカウントダウンは、一発の銃弾すら撃つことなく、巨大な帝国を完全に死に体へと追い込んでいた。


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