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第54話 真っ白な罪人と、泥を塗る弾丸

挿絵(By みてみん)


 クライ国の国境付近。装甲バスが泥濘を踏みしめて停車した時、昨日までの「晴れやかな降伏の行列」とは全く違う空気が漂っていた。

 血と、鉄と、そしてどす黒い憎悪の臭い。


 そこに並んでいたのは、ボロボロの囚人服の上に、無理やり軍服を羽織らされた男たちだった。

 彼らの足首には重々しい鉄の鎖が巻かれている。

 そしてその後方には、彼らに銃口を向ける正規軍の部隊――「督戦隊」がずらりと並んでいた。逃げ出せば、背後から味方を撃つための部隊だ。


「……ゲンさん、あれは」


 レイナが震える声で呟いた。彼女の心眼には、男たちから噴き出す禍々しい「煤」が見えていた。


 連邦国の大統領グロモフが発動した「恩赦法案」。

 それは国内の凶悪犯を前線に送り込み、戦い抜けば自由を、逃げ出せば即座に射殺するという非人道的な政策だった。


 列の先頭に立っていたのは、筋骨隆々の大男だった。

 名をアントンという。かつて家族を飢えから救うため、強盗致死を犯した男だ。

 レイナの目には、彼から噴き出す煤がただの悪意ではないことが分かった。家族への未練と、再び人を殺さねばならない深い絶望。それが混ざり合った、どろどろとした紫色の煤だった。


「おい、お前ら」


 源田は拡声器を使わず、静かに彼らを見下ろした。


「俺たちがその『鎖』を洗ってやる」


 源田の言葉に、アントンは虚ろな目を向けた。

 彼は震える手で、泥まみれの連邦国紙幣を差し出した。


「……これで、俺は……帰れるのか……?」


「ああ。日本政府のツケ払いだ」


 源田が顎でしゃくると、ヒミコがとてとてと歩み出た。

 彼女は手に持っていたツナマヨおにぎりを最後の一口で飲み込むと、指についた米粒をぺろりと舐め、アントンの前に立つ。


「……ん。中まで真っ黒。お掃除、痛いかも。いい?」


 アントンが小さく頷いた瞬間。


 カッ……!!


 戦場の薄暗い空気を切り裂き、白銀の光が溢れ出した。

 それは物理的な怪我を治すだけでなく、魂にこびりついた罪と罰の意識すらも洗い流す奇跡の光。

 アントンの体から、強要された殺意と深い絶望が、物理的な黒い煤となってボロボロと剥がれ落ちていく。


 光が収まると、そこに獣のような犯罪者の姿はなかった。

 穏やかな顔つき。涙で濡れた瞳。

 それは、ただ家族を愛する一人の「父親」の顔だった。


「はい、一万円」


 源田が数取器をカチリと鳴らす。


「更生費用、一丁上がりだ」


 心を洗われたアントンは、その場に崩れ落ちて号泣した。

 手から重いアサルトライフルが滑り落ち、泥の中に沈む。

 彼は立ち上がり、振り返った。銃口を向けている督戦隊に向かって、力の限り叫ぶ。


「もう戦わない! 俺は、人間として帰るんだ!」


 それは、洗われた魂からの純粋な叫びだった。

 だが。


 パンッ!!


 乾いた破裂音が、戦場に響き渡った。

 アントンの胸から、赤い花が咲く。

 彼は驚いたように自分の胸を見下ろし、そのまま泥濘の中へとゆっくりと倒れ込んだ。


「裏切り者は死を。これは大統領の意志だ」


 督戦隊の将校が、硝煙を上げる拳銃を下ろしながら冷酷に言い放った。


 静寂が落ちた。

 ドローン中継を通して世界中でこの惨劇を見ていたネットの掲示板は、一瞬の沈黙の後、かつてない怒りの書き込みで埋め尽くされた。


『は?』


『ふざけんな』


『せっかく洗ってもらったのに!』


『グロモフ絶ッッッ対に許さねえ』


『おい誰かあの将校撃ち殺せ』


『涙返せよ悪魔ども』


 だが、現場の空気はネットの喧騒よりもずっと重く、そして冷たかった。


 ヒミコは、泥の中に倒れ伏し、動かなくなったアントンの背中をじっと見つめていた。

 その純白の髪が、風に揺れる。

 彼女はゆっくりと首を傾げ、将校に向かって問いかけた。


「……どうして?」


 感情が欠落しているはずのヒミコの瞳。

 そこに初めて、「理解不能な悪意」に対する困惑が宿っていた。


「せっかくお掃除して、綺麗になったのに。どうして、壊しちゃうの?」


 純粋すぎるその問いは、戦場の狂気をこれ以上ないほど残酷に浮き彫りにした。


 源田は無言だった。

 だが、その目はかつてないほど冷たく燃え上がっていた。

 彼は冷酷な商人を装っている。しかし、その本質は正義と契約を重んじる法律家だ。


 自分の「商品」に泥を塗られた。

 成立したばかりの「契約(更生)」を、理不尽な暴力によって踏みにじられた。


 源田の口角が、ゆっくりと、そしてひどく凶悪に吊り上がっていく。


「……三上。剣崎」


 地獄の釜が開くような、恐ろしく低い声だった。


「あいつらは客じゃない。ただの『ゴミ』だ」


 源田は督戦隊の将校を真っ直ぐに睨み据えた。


「……お掃除の時間だ。一掃しろ」


 その宣言と共に、ヒール屋による真の「大掃除」が始まろうとしていた。


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