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第21話 最新医療

挿絵(By みてみん)


 ニューヨーク、マンハッタン。

 摩天楼が突き刺さる灰色の空。その下を、ハワードの車列がサイレンを鳴らして爆走していく。

 到着地点は、セントラルパークを一望できる超一等地の巨大な総合病院。『ハワード記念医療センター』。巨万の富が築き上げた、現代医学の要塞である。


「急げ! アリスのバイタルが低下している!」


 ハワードの絶叫と共に、一行が車から飛び出す。

 源田、剣崎、レイナ、そして純白のドレスを纏ったヒミコ。

 自動ドアの先、ロビーの空気は冷たく、鉛のように重い。


「ミスター・ハワード! お待ちしておりました!」


 駆け寄ってくる白衣の集団。

 先頭に立つのは銀縁眼鏡の神経質な男――心臓外科の世界的権威、スティーブンス博士だ。

 彼はハワードの背後にいる「異物」たち――着物風ドレスの少女、刀を差した侍、派手なメイクの美女――を一瞥し、露骨に眉を寄せる。


「……ハワードさん。これは一体どういう冗談ですか? アリスお嬢様の手術室に、サーカス団を入れるつもりで?」


「言葉を慎め、スティーブンス。彼女こそが、日本から招いた『聖女』だ。アリスを治せる唯一の希望だ」


 ハワードの言葉に、スティーブンスは鼻で笑う。


「聖女? 馬鹿馬鹿しい。東洋のインチキ祈祷師でしょう。ここは科学の殿堂です。オカルトの入り込む余地はない」


 立ちはだかるスティーブンス。背後の医師団もまた、侮蔑の眼差しを向けてくる。

 彼らにとって医学とはデータの結晶。魔法などという非科学的な存在は、自らの人生への侮辱に他ならない。


「どけ。アリスに会わせろ」


「お断りします。患者への感染リスクがある。それに、こんな少女に何ができると言うのです? おままごとなら他所で……」


 スティーブンスがヒミコの肩を掴もうとした、その刹那。


「……その汚い手を放せ」


 地獄の底から響くような声。

 剣崎蒼司が、一歩前へ。

 刀は抜いていない。ただ、鯉口に親指をかけ、わずかに身を沈めただけ。

 だが、放たれた「殺気」は物理的な突風となり、医師団を直撃する。


「ヒッ……!?」


 腰を抜かしそうになり、後ずさるスティーブンス。

 本能的な「死」への恐怖。メスを握るだけの彼らに、修羅場をくぐった剣豪の威圧になど耐えられるはずもない。


「暴力はやめたまえ! 警備員を……!」


「無駄だ、博士」


 流暢な英語で割り込む源田。彼はスティーブンスの前に立ち、冷徹に見下ろした。


「あなた方の『医学』とやらが、アリスちゃんの心臓を1ミリでも再生させた実績があるのか? ……答えられないなら、黙って最高の見学席に座っていろ。これから見せるのは、貴様らの教科書には載っていない『真実』だ」


 直後、院内にけたたましいアラーム音が鳴り響く。


『コード・ブルー! コード・ブルー! ICU、アリス・ハワードの心停止を確認!』


「なっ……!?」


 ハワードの顔色から血の気が引く。

 弾かれたように走り出すスティーブンス。


「急げ! 除細動器を準備しろ!」


          ◇


 集中治療室は、戦場のような混乱の只中。

 ベッドの上には、無数のチューブに繋がれた小さな少女、アリス。

 モニターの心電図はフラット。

 医師たちが心臓マッサージを繰り返し、電気ショックの準備を進める。


「下がれ! チャージ、200ジュール!」


「ダメです、反応ありません!」


「くそっ、もう一度だ!」


 怒号と電子音。迫りくる死神の足音。


「アリス! アリスーッ!」


 ガラス越しに叫び、崩れ落ちるハワード。

 スティーブンスが首を横に振る。


「……手遅れだ。心筋が完全に壊死している。これ以上は……」


 現代医学の敗北宣言。

 その絶望的な静寂を、小さな足音が破る。


「……うるさい」


 ヒミコだ。

 混乱する医師たちの間をすり抜け、ベッドサイドへ。


「な、何をしている! そこをどけ!」


「……黙れ」


 剣崎が睨みを利かせ、医師たちを封殺する。

 ヒミコは、ピクリとも動かないアリスの顔を覗き込み、ハワードの方へ手を差し出した。


「一万円」


 こんな状況で。

 娘が死にかけているこの瞬間に、金を要求するのか。

 だがハワードは震える手で、胸ポケットから一枚の紙幣を取り出す。日本円の、渋沢栄一。この時のために、肌身離さず持っていたもの。


「頼む……! 娘を……!」


 ヒミコは紙幣を受け取り、ポケットへ。

 そして、アリスの胸の上に小さな両手をかざす。


「……お掃除、するね」


 瞳が、白銀に輝く。


「――『治癒ヒール』」


 カッ、と目も眩むような光がICUを満たす。

 冷たい蛍光灯の光ではない。温かく、優しく、そして圧倒的な生命の輝き。


 スティーブンスは見た。

 モニターに映し出されたアリスの心臓のエコー画像が、あり得ない変化を遂げる様を。

 壊死して黒ずんでいた心筋が光に包まれ、鮮やかなピンク色へと再生していく。詰まっていた血管は浄化され、萎縮していた弁が力強く脈動する。


 ピッ、ピッ、ピッ……。


 止まっていたはずの心電図が、波を描き始めた。

 弱々しい波ではない。規則正しく、力強い、健康そのものの鼓動。


「ば、馬鹿な……あり得ない……」


 膝をつくスティーブンス。

 医学的見地からすれば、それは死者の蘇生に等しい。

 科学が敗北し、奇跡が勝利した瞬間。


「……んぅ……」


 ベッドの上、小さな吐息。

 アリスの瞼が震え、ゆっくりと開かれる。蒼白だった頬には、薔薇色の血色。


「……パパ……?」


 か細い、しかし確かな声。


 「アリス!」


 ICUに飛び込み、娘を抱きしめるハワード。号泣する世界一の富豪。

 医師たちも、看護師たちも、言葉を失ってその光景を見つめるばかり。


 アリスは、ハワードの腕の中から、自分を見下ろしている少女へ視線を向ける。

 純白のドレス。逆光の中で輝く銀色の髪。


「……天使様、なの……?」


 問いかけに、首を傾げるヒミコ。


「違う。……ヒール屋」


 そして、くるりと源田の方を向く。


「ゲンさん。……終わった。お腹空いた」


「ああ、そうだな。ご苦労だった、ヒミコ」


 源田は優しく微笑み、呆然とする医師団を尻目に歩き出す。

 一方、レイナはバルコニーからニューヨークの街並みを一瞥する。


(……すごい。病院の中は感動で金色に染まってるけど……外は)


 彼女の『心眼』には見えていた。

 この奇跡を嗅ぎつけた、数えきれないほどの「泥色」の視線が、病院を取り囲み始めているのが。

 CIA、軍産複合体。

 自由の国アメリカは、欲望の国でもある。


「……おにぎりもいいけど、ハンバーガーも食べたいかも」


 ヒミコの平和な呟きだけが、来るべき嵐の前の静けさを保っていた。


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