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第19話 魔法の噂

挿絵(By みてみん)


 港区の洋館、リビングルーム。

 源田壮一郎は、タブレット端末の画面を睨みつけながら、深いため息をついた。


「……おい、どうなってんだこれは」


 画面に表示されているのは、SNSのトレンドワード。

 1位:#聖女教

 2位:#港区の奇跡

 3位:#瞬間移動侍


 宗教法人設立から数日。

 レイナのプロデュースと、実際に起きた「奇跡」の数々は、インターネットという爆薬庫に火をつけていた。


「ゲンさん、それ、なに?」


 ヒミコが純白のドレスの裾を引きずりながら、源田の肩越しに画面を覗き込む。


「お前の評判だよ。……見てみろ、この騒ぎを」


 源田がスクロールすると、大量の投稿が滝のように流れていく。


          ◇


@Minato_Gourmet

港区の高級住宅街にできた「聖女教」、マジでヤバい。

冷やかしで行ったけど、本堂(?)に座ってる聖女様がガチの天使。

この世の生き物とは思えない透明感。拝観料1万円でも安すぎるわ。


@Cancer_Survivor_J

信じられないことが起きました。

末期の膵臓がんで余命宣告を受けていた父が、聖女様の「治癒」を受けた直後に、カツ丼を完食しました。

病院の検査でも、腫瘍が完全に消滅していました。

これは医療じゃない。奇跡です。 #聖女教 #感謝


@Gossip_Hunter

聖女教の巫女さん(受付のお姉さん)、新宿No.1のレイナ様じゃね?

俺、昔店で指名したことあるけど、あんな「全部見透かした目」してたっけ?

並んでる時に前の客が「病気とか嘘ついて潜入取材しようぜw」ってヒソヒソ話してたら、巫女さんが一瞥しただけで「お帰りください」って追い返されてた。

聞こえる距離じゃなかったぞ。読心術か?


@Physics_Love

【動画あり】

門番やってるデカい侍、どう見てもおかしい。

この動画の12秒あたり見て。

騒いでるチンピラが一瞬で消えてる。

スロー再生してコマ送りしたけど、移動してるフレームが存在しない。

座標Aから座標Bに、時間経過ゼロで移動してる。

これ、特撮じゃなかったら物理法則が崩壊してるんだけど。


@Kendo_Fanboy


> > @Physics_Love

> > その侍、元全日本王者の剣崎蒼司じゃん!!

> > でも待て、彼は骨肉腫で両腕を切断して引退したはずだろ?

> > 動画だと両腕あるし、なんなら大木みたいな丸太を片手でつまみ出してるぞ。

> > 腕が生えたのか? それとも義手?

>

>


@Occult_Matome

まとめ:


1. 聖女はどんな病気も一瞬で治す(欠損部位の再生含む)

2. 受付の巫女は人の心が読める(サイコメトリー?)

3. 用心棒の侍は瞬間移動ができる(テレポート?)


仮説:

あの聖女、ただ病気を治してるだけじゃない。

周りの人間に「魔法」を使えるように改造エンチャントしてるんじゃね?

#聖女教 #魔法付与 #人間卒業


          ◇


「……特定班の仕事が早すぎる」


 源田は頭を抱えた。

 ネット民の考察力は侮れない。断片的な情報から、すでに「魔法付与」という核心に近い事実にたどり着きつつある。


「俺がバズっているのか?」


 剣崎が、きょとんとした顔で自分のスマホを見ている。

 彼はSNSなどやったことがないアナログ人間だ。


「ああ。お前の『縮地』が動画に撮られて拡散されてる。『瞬間移動侍』だそうだ」


「不本意だ。俺はただ、歩いているだけなのだが……」


 剣崎は不満げに唸る。彼にとってあれは武術の延長であり、魔法という認識は薄い。

 だが、世間はそうは見ない。


「ゲンさん。……外の色、変わってきた」


 窓際で外の様子を窺っていたレイナが、カーテンの隙間から振り返った。

 その表情は硬い。


「どういうことだ?」


「今までは『助けてほしい』っていう、切実な青色の人たちが多かったの。でも、今は違う」


 レイナの心眼(魔法)には、屋敷を取り囲む群衆の「欲望の色」がハッキリと見えていた。


「ドス黒い泥色と、ギラギラした欲の色が混ざってる。……『俺も魔法使いにしてくれ』、『あいつを解剖すれば力が手に入る』、『聖女を誘拐すれば世界征服できる』……そんな声が、頭の中に響いてくるわ」


 レイナが不快そうに耳を押さえる。

 SNSでの拡散は、諸刃の剣だった。

 多くの患者を救う一方で、世界中の「力を欲する者たち」に、ヒミコの存在を知らしめてしまったのだ。


「……有名になりすぎたな」


 源田は眼鏡を外し、眉間を揉んだ。


「これからは、単なる病人だけじゃない。裏社会の組織、カルト教団、あるいは各国の諜報機関……『魔法』という兵器の製造方法を求めて、有象無象が押し寄せてくるぞ」


 緊張が走るリビング。

 だが、当の本人は、どこ吹く風だった。


「ゲンさん」


「……なんだ、ヒミコ。怖がらなくていいぞ、俺たちが守るからな」


「ん。……これ、どっちがいい?」


 ヒミコが差し出したスマホ画面には、『聖女教公式アカウント』のアンケート画面が表示されていた。


『今日の聖女様のおやつ、どっちがいい?』

 A:いくらおにぎり(5万票)

 B:ツナマヨおにぎり(4万票)


「Aが勝ってる。……いくら、食べたい」


 源田、剣崎、レイナの三人は、顔を見合わせて脱力した。

 世界が彼女の力を巡って動き出そうとしているのに、この聖女の頭の中は、常におにぎりで満たされている。


「……はは。そうだな。いくらを買ってこよう」


 源田は笑った。

 この純粋な「無色」を守るためなら、世界中を敵に回しても構わない。

 そう思わせるだけの何かが、彼女にはあった。


「剣崎、レイナ。警戒レベルを上げるぞ。……ここからは、本当の戦争だ」


「御意」


「了解、ボス」


 SNSのタイムラインは、今も止まることなく更新され続けている。

 『聖女教』の噂は、国境を越えることになるのだった。


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