第18話 聖女教、爆誕
港区の白亜の洋館。
そのリビングで、源田壮一郎は頭を抱えていた。
目の前には、山のように積まれた領収書と、熱を持って悲鳴を上げている電卓。
「……えぐい。えぐすぎる」
源田が呻く。
『ヒミコ治療院』の評判は、口コミとSNSで爆発的に広がり、連日数百人が押し寄せている。
一人一万円。単純計算でも日商数百万円。月商は億に届く勢いだ。
弁護士として、経営者として、これほど喜ばしいことはない――はずだった。
「ヒミコ、よく聞け。日本には『累進課税』という悪魔のシステムがある」
「……るいしん?」
「稼げば稼ぐほど、国がごっそり持っていくシステムだ。所得税、住民税、事業税……このままじゃ、売上の半分近くが税金として消える」
源田の言葉に、鮭おにぎりを頬張っていたヒミコの手が止まった。
「……半分?」
「そうだ。お前が頑張って稼いだおにぎり代の半分が、国に没収される」
ヒミコの瞳から、ハイライトが消えた。
彼女にとって、一万円はおにぎり(の引換券)だ。それを半分も奪われるなど、生存本能が許さない。
「……国、おにぎり食べるの?」
「比喩だが、まあそうだ」
「だめ。……死守する」
ヒミコから、物理的に空気が重くなるほどのプレッシャーが放たれる。
源田はニヤリと笑い、眼鏡の位置を直した。
「ああ、守ろう。俺に秘策がある」
源田は一枚の書類をテーブルに叩きつけた。
「『宗教法人』だ」
そこに書かれていたのは、宗教法人設立の申請書。
名称欄には『聖女教』と記されている。
「治療費を『お布施(寄付)』という名目に変える。宗教活動に伴う喜捨金は、原則として非課税だ。もちろん、宗教法人として認可されるにはハードルが高いが、俺の法知識とコネ、そして何より『本物の奇跡』があれば通せる」
源田の熱弁に、ヒミコは首を傾げた。
「しゅうきょう? ……よくわかんないけど、おにぎり減らない?」
「減らない。むしろ、お布施は『対価』ではないから、消費税もかからない」
「やる」
即決だった。
◇
「でもさぁ、ゲンさん。やるなら徹底的にやらないとダメよ?」
話を聞いていたレイナが、マカロンを摘みながら口を挟んだ。
「宗教もキャバクラも、要は『信者』をどれだけ熱狂させるかのエンタメでしょ? 今のヒミコじゃ、地味すぎて『教祖様』って感じしないわ」
「……確かに。今はただの、おにぎり好きな子供だ」
「でしょ? だから、ビジュアル担当は私がやるわ」
レイナの目が、プロデューサーの色(ギラついた金色)に輝いた。
「新宿No.1がプロデュースする、最強のアイドル……じゃなくて、聖女様。任せなさい!」
数時間後。
ヒミコは、鏡の前に立たされていた。
「……動きにくい」
「我慢して! 可愛いわよー、ヒミコ!」
レイナが用意したのは、法衣などという地味なものではない。
最高級のシルクとレースをふんだんに使った、純白のドレスだった。
ふわりと広がるスカート、繊細な銀糸の刺繍、そして頭には小さなティアラ。
どこかの国の王女か、あるいは天から降りてきた天使か。
その神々しさは、ヒミコの人間離れした美貌と相まって、直視できないほどのオーラを放っていた。
「すごい……。これなら、誰もが一目でひれ伏すわ」
「うむ。主殿の威光、まさに天照の如し」
剣崎が感涙にむせびながら、床に膝をついて拝んでいる。
ヒミコはドレスの裾をつまみ、「これ、汚したら怒られる?」と心配そうにしているが、その仕草さえも尊い儀式のように見える。
「よし。次は舞台装置だ。……剣崎、お前の出番だぞ」
「御意」
◇
翌日。
『聖女教(旧・ヒミコ治療院)』の門前は、いつにも増してカオスだった。
噂を聞きつけた患者たちが、我先にと押し寄せている。
「おい、押すな!」
「俺が先だ! 金ならあるんだ!」
罵声と怒号。
近隣住民が眉をひそめようとした、その時だ。
「……静粛に」
門の前に、巨漢が立った。
純白の羽織袴に身を包み、腰に白き魔剣『白雪』を差した剣崎蒼司だ。
「ここより先は聖域なり。主殿の御前に立つ資格があるのは、静寂を守れる者のみ」
剣崎が一歩踏み出す。
騒いでいた男が、「あぁん? 何だお前……」と因縁をつけようとした瞬間。
ヒュンッ。
音が消えた。
次の瞬間、男の姿は門の前から消え――遥か後方、行列の最後尾に尻餅をついていた。
「え……? 俺、今……?」
「騒ぐ者は、列の後ろへ『ご案内』する。……次」
剣崎は一歩も動いていないように見える。
だが、実際には目にも止まらぬ『縮地』で、マナーの悪い客を物理的に排除したのだ。
「消える門番」の神業に、群衆は水を打ったように静まり返った。
そして、門の中へ進むと、そこにはレイナが立っている。
彼女は巫女風のアレンジをした着物を着崩し、扇子片手に客を見定めていた。
(……この人は、本当に家族を治したい『純粋な青色』。……こっちは、冷やかしの『濁った黄色』)
『心眼』発動。
レイナは扇子でクイクイと客を分ける。
悪意のある者やスパイは、「あら残念、今日は予約がいっぱいでしてぇ」と笑顔で、しかし有無を言わさぬ圧力で追い返す。
選ばれた信者(患者)だけが、洋館の中へ通される。
広間の中央。
一段高い場所に設置された豪奢な椅子に、純白のドレスを纏ったヒミコが座っていた。
背後からは、レイナが演出した照明が後光のように差し込み、部屋全体がお香(最高級の白檀)の香りに包まれている。
「……次」
ヒミコが鈴を転がすような声で言う。
患者は、そのあまりの神々しさに、自然と涙を流して膝をついた。
「聖女様……どうか、お救いください……」
「一万円(のお布施)」
ヒミコがスッと手を差し出す。
患者は震える手で一万円札を捧げ持つ。
ヒミコがそれに触れ、同時に患者の患部に手をかざす。
「――『治癒』」
光が溢れる。
劇的な演出など必要ない。本物の奇跡が、そこにあるのだから。
長年の病魔から解放された患者は、「ああ、ああっ……!」と号泣し、床に額を擦り付けた。
「ありがとうございます! ありがとうございます、聖女様!」
「ん。……お大事に」
ヒミコは無表情に頷き、受け取った一万円(お布施)を、横にある賽銭箱にチャリンと入れた。
(……よし。これでおにぎり六十個分、確保)
内心でおにぎりの計算をしているとは知らず、信者たちはその姿にさらなる信仰心を抱く。
モニター室でその様子を見ていた源田は、満足げに書類に判を押した。
完璧な集金システム。
鉄壁の警備。
そして、法による守護。
「……宗教法人『聖女教』。本日付で登記完了だ」
源田は不敵に笑った。
最強の布陣が完成した。
だが、あまりに目立ちすぎた「聖女」の噂は、ついに国を跨ぐのだった。
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