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第118話 ハエ男の悲劇

挿絵(By みてみん)


 魔導科学技術局の最奥フロア。

 そこには、十メートルほどの距離を置いて向かい合う、二つの巨大な金属製のゲートが鎮座していた。複雑な配線と高純度の魔石が組み込まれたその姿は、いかにも世界をひっくり返すような威圧感を放っている。


 源田壮一郎は、その『きじま君3号・転移装置』を見上げながら、一人青ざめていた。

 冷や汗がこめかみを伝う。彼ほどの冷静沈着な男がこれほど狼狽しているのには理由があった。彼の脳裏には、ある古いSF映画のトラウマ的な結末がフラッシュバックしていたのだ。


 ――物質転移の実験中、装置に一匹のハエが紛れ込んだせいで、主人公がハエと融合した悲惨な怪物へと変貌してしまう。


 未知の技術がもたらす最悪のリスク。元弁護士としての危機管理能力が、警鐘をガンガンと鳴らし続けている。


 しかし、そんな映画など知る由もない木島は、狂気に満ちた自信満々な笑みを浮かべて実験の準備を進めていた。


「ひひっ! さあ凡人ども、歴史の目撃者となるがいい!」


 木島は手始めにと、ラボのデスクに飾られていた手頃なサボテンの鉢植えを、片方の転移装置の中央にセットした。


「魔法使い共の特権はここで潰える! 距離という概念の死を見よ!」


 高らかに宣言し、コントロールパネルの起動ボタンをターンッと勢いよく叩き押した。

 シュガァァッという重低音の機械音が響き、ゲートの間に眩い光が走る。思わず目を細めた次の瞬間、片方にあったはずのサボテンの鉢植えが消失し、十メートル離れたもう一つのゲートの中心にポツリと現れていた。


 鉢の欠けも、植物の変異もない、完璧な空間跳躍の成功である。


「おおおおっ!」


「成功だ! 局長、やりました!」


 世紀の発明を前に、ラボの助手たちは歓喜の声を上げて抱き合った。

 しかし、そのお祭り騒ぎの中で、源田だけは冷静なボヤキを口にする。


「おい、喜んでいるところ悪いが……」


 源田は腕を組み、怪訝な顔で木島を睨んだ。


「例えば、この装置の転移範囲内に、他の異物が混じっていたらどうなるんだ? 転移の瞬間に、ハエ一匹でも混じっていたら」


 源田としては、安全装置の有無を確認したかっただけなのだ。実用化の前に、法的なリスクや物理的な事故を防ぐための、大人の当然の質問である。

 だが、その仮説は、最悪なことにマッドサイエンティストの狂気的な探求心に火をつけてしまった。


「ひひっ! 座標の重複によるバグか! 面白い、ならば証明してやろう!」


 木島は血走った目をギョロリと動かし、周囲を見渡した。

 そして、一人の研究員がトレイに乗せて運んできたものに目をつけた。それは、視察に訪れたヒミコへのおやつとして用意された、綺麗な三角形のツナマヨおにぎりだった。


「ちょ、おい待て木島!」


 嫌な予感がした源田が制止の声を上げたが、遅かった。

 木島はヒミコのおにぎりをひったくるように奪い取ると、転移し終えたばかりのサボテンの真横にそれを強引に置き、そのままの勢いで再びスタートボタンを乱打した。


 シュガァァッ!!


 再び眩い光がラボを包み込む。

 光が収まった後、元のゲートに現れたのは……無惨にも「融合」を果たした二つの物質であった。


 元の丸みを帯びた緑色のサボテンの姿はそこにはない。

 鋭い棘のあちこちに黒い海苔が複雑に絡みつき、緑の果肉の切り口のそこかしこから、白いツナマヨネーズがドロリと分泌されている。サボテンとおにぎりが同じ空間座標で無理やり結合された結果生まれた、生命の神秘を冒涜するような前衛的なオブジェが誕生していたのだ。


「だから言っただろうが!!」


 源田は両手で顔を覆い、頭を抱えて叫んだ。ハエ男ならぬ、ツナマヨサボテンである。最悪の事態だ。

 だが、真の最悪はそこではなかった。


「……ん」


 地を這うような、恐ろしく低い声がラボに響いた。

 振り返ると、そこには自分のおやつを強奪され、あまつさえ悍ましいオブジェに変えられたヒミコが立っていた。

 いつもはぽやんとしている白金の瞳から、スッと一切の光と感情が消え去っている。怒りというよりは、もはや絶対零度の冷酷さだった。


「……おにぎりで遊ぶのは、だめ」


 ヒミコはその融合体を見下ろしたまま、判決を下すように言い放った。


「これ、燃えないゴミ。……この機械、開発中止」


 ヒミコの一声は、この教団において神の宣託と同義である。

 人類の歴史を塗り替え、物流から軍事まで世界のすべてを変革するはずだった世紀の大発明は、「おにぎりを粗末にした」というただ一つの大罪によって、ここに完全な打ち切りが決定した。


「そ、そんなぁぁぁぁっ! 聖女様ぁぁっ! 私の傑作がぁぁっ!!」


 床に崩れ落ち、悲惨な顔で絶望の涙を流す木島。

 自らの抑えきれない探求心によって自らの首を絞めた天才科学者の泣き声と、ツナマヨの独特な匂いが漂うラボの中で、源田は静かに深いため息をつくのであった。



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