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第116話 魔導科学技術局の朝

挿絵(By みてみん)


 よく晴れた朝だった。澄み切った青空から降り注ぐ陽光が、魔法学院の広大な敷地を穏やかに照らしている。

 源田壮一郎は、手首の時計で時間を確認しながら、ゆっくりとした足取りで舗装された道を歩いていた。かつて法曹界で無敗の鉄仮面と恐れられた頃に着ていたような堅苦しいスーツではなく、今の彼は少しラフで動きやすい服装を好むようになっている。

 その隣には、彼と手を繋いで歩く小柄な少女の姿があった。

 魔法学院の校長であり、聖女教の象徴でもあるヒミコだ。彼女の視線は周囲の景色ではなく、両手で大切そうに抱えた朝食のツナマヨおにぎりに注がれている。もぐもぐと規則正しく口を動かすその横顔は、世界を根底から覆すほどの力を持った存在にはとうてい見えない、どこにでもいる年相応の子供のそれだった。源田はそんな彼女の姿を、まるで自分の娘を見守るような、温かく過保護な眼差しで見つめていた。


 二人が向かう先は、学院の敷地内に新設された巨大な研究施設である。

 分厚いコンクリートと特殊な素材で覆われた建物の入り口には、先日「聖女教科学技術局」から名を改めたばかりの「魔導科学技術局」という真新しい金属プレートが誇らしげに掲げられている。太陽の光を反射して煌めくその文字は、この場所が魔法と科学の新たな融合点であることを世界に示しているかのようだった。


 生体認証と強固な魔力ゲートという厳重なセキュリティを抜けてラボの内部に足を踏み入れると、外の穏やかな空気は唐突に遮断される。

 そこはまるで別世界だった。広大なフロアには無数の巨大モニターが並び、常に青白い光と難解な数式を明滅させている。壁や天井には魔力を循環させるための複雑な配管が血管のように這い回り、低く重たい排気音が絶え間なく響いていた。

 そして何より異様なのは、そこにいる人間たちの熱気である。白衣を着た局員の助手たちが、血走った目で、コーヒーの空き紙コップを片手に忙しなく走り回っている。徹夜明けの者も多いのだろう、疲労の匂いとそれを上回る異様な興奮がないまぜになった空気が漂っていた。


「ひひっ! お待ちしておりましたぞ、聖女様!」


 フロアの奥から、特有の耳障りな笑い声を上げて飛び出してきた男がいた。

 髪や髭は伸び放題で、着ている白衣はあちこちが薬品や焦げ跡でボロボロになっている。魔導科学技術局の局長であり、世界が震え上がる狂気の天才科学者、木島である。

 彼は魔法という不可解な事象を科学的に解明しようと情熱を注ぐマッドサイエンティストだが、ヒミコの起こす奇跡の数々に対しては、絶対の敬意と畏怖を抱いている。そのため、どれほど実験に狂奔していても、彼女に対して礼儀を欠くような真似は決してしない。彼ら局員は日夜を問わず、ここで魔法のシステム化という、人類の歴史をひっくり返すような果てしない研究に没頭しているのである。


「……ん。おはよ」


 最後の一口を飲み込み、指についたご飯粒をぺろりと舐め取ったヒミコが、木島に向かって短く頭を下げる。

 彼女の毎朝の日課は、この魔導科学技術局を訪れ、「魔石」を作り出して提供することから始まる。

 ヒミコがフロアの中央に用意された指定の防護台に立ち、無造作に両手を前にかざした。


 その瞬間、ラボ内の空気がわずかに震えた。

 何もない空間から無数の淡い光の粒が集束し、蛍の群れのようにヒミコの手元へと吸い込まれていく。そして次の瞬間、カチャ、カチャカチャッという硬質で心地よい音を立てて、彼女の足元に数十個もの高純度な魔石が滝のように生み出され、無造作に転がった。淡い桜色や黄金色の輝きを放つそれらは、この世の何よりも美しい宝石のようにラボの床を彩る。


 息をするように簡単な、わずか数秒の動作で生み出された奇跡の結晶。

 その神々しい光景を少し離れた場所から見守りながら、源田は教団の頼もしい仲間たちの顔を思い浮かべていた。

 最強の矛として空間を断ち切る剣崎蒼司、熱狂的な信仰心を破壊の光線に変える三上翔、あらゆる物理干渉を遮断する絶対防御の真壁楓。彼ら最高戦力でさえ、純粋な魔力の塊である魔石を物質化して生み出せるのは、いまだに一つずつだけだ。

 もちろん、彼らもただ足踏みをしているわけではない。魔力制御のコツを掴み、日々の厳しい訓練を重ねたことで、魔石の生成スピード自体は初期の頃と比べて格段に速くなっている。以前は一つ作るのにもひどく消耗していたが、今では戦闘の合間や移動中にも生み出せるほどの練度に達していた。

 しかし、それでも一度に一つだ。数十個もの高純度魔石を一瞬で、しかも全く疲労の色を見せることなく生み出すヒミコは、やはり彼らから見ても次元の違う、別格の存在だったのである。


「素晴らしい! じつに素晴らしい! なんて美しく、そして完璧に安定した純粋エネルギーだ!」


 木島は床に転がった魔石の山を見るなり歓喜の声を上げ、まるで国宝の美術品でも扱うかのように、専用のピンセットを使って恭しく一つずつ回収していく。

 純粋な魔力の塊である魔石は、木島の提唱する魔導科学を駆動させるための、絶対的な根幹であり心臓部だ。


 現在、放射性物質を含む海底の泥から、エントロピーを逆転させてレアアースを抽出・精製する『魔導精錬機・きじま君1号』は、教団と提携する複数の大手企業に設置され、フル稼働している。

 そのため、魔導科学技術局の最も重要な仕事の一つは、毎朝ヒミコが生み出した完成品の魔石を動力源として、厳重なジュラルミンケースに梱包し、それらの企業へ日々発送することだった。

 ヒミコの魔法の力が、枯渇しつつあった国家のインフラを救い、崩壊寸前だった経済を裏から力強く支えている。魔石の安定供給こそが、この国の命綱と言っても過言ではない状況なのだ。


「よし、各企業への今日の出荷分はこれで十分に確保した! 直ちに厳重梱包の上、輸送部隊に引き渡せ! そして、残った魔石はすべて我々の研究に回す! さあ、今日の実験を始めるぞ!」


 木島の甲高い号令と共に、助手たちがさらに慌ただしく動き出し、ラボ内の熱気が一段と跳ね上がる。

 ヒミコがもたらした奇跡の恩恵を燃料に、魔法という未知の謎に挑み続ける狂気と情熱の科学者たち。新たな体制となり、より巨大な責任を背負うことになった魔導科学技術局の朝は、今日もこうして喧騒と活気と共に幕を開けるのであった。



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