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第113話 変質の理

挿絵(By みてみん)


 放課後の屋内訓練室。

 ニコラの右手の人差し指には、先ほど田中から教わった呼吸法によって制御された、小さな小さな赤い火花が安定して灯り続けていた。

 パニックを乗り越え、自身の感情を切り離すことに成功したニコラ。その見事な精神の成長を田中が静かに評価していた、まさにその時だった。


 バンッ!!


 訓練室の重い扉が、乱暴な音を立てて蹴り開けられた。


 「ひひっ! なんと非効率で原始的な魔法の使い方だ!」


 白衣をバッサバッサと翻し、特有の耳障りな笑い声を上げながらずかずかと踏み込んできたのは、狂気の科学者こと木島であった。

 彼はニコラの指先で揺れる小さな火花を見るなり、心底馬鹿にしたような鼻で笑った。


「精神論で暴発を抑え込むのは結構だが、根本的な魔法の構造が間違っているのだ。だからいつまで経ってもそんなマッチ棒以下の火しか出せない!」


「木島さん、彼はいまトラウマの克服を……」


「黙れ筋肉! 科学の領域に口を挟むな!」


 田中をピシャリと制止し、木島はニコラの目の前まで歩み寄った。そして、科学者としての理詰めの刃を容赦なく突きつける。


「お前は自分の魔力系統が『変質系』であることを忘れている! ただ魔力を外へ垂れ流して不器用に馬鹿でかい炎を作ろうとするのは、単なる『放出系』の真似事だ!」


「……では、どうすれば」


「無から有を作り出し、魔力を直接変えて放つ。それこそが『変質系』なのだ! お前は魔力を変質させる前に外へ出しているから暴発する。魔力を放出するのではなく、お前の指先にある魔力そのものを、極限の熱量を持った炎へと直接書き換えろ!」


 ニコラはハッとして、自分の指先を見つめた。

 木島の指示は明確かつ、魔法の真理を突いていた。


 ニコラは火を外へ「出そう」とするのをやめ、指先に留めた魔力そのものの性質を変えることに意識を集中させた。

 特待生としての高い知性と、680という莫大な魔力値。それが木島の理論と結びついた瞬間、ニコラの頭の中で複雑なパズルがカチリとはまる音がした。

 ニコラの指先に圧縮された魔力が、その内側から緻密にコントロールされた超高温のエネルギー体へと直接変質していく。


「ひひっ、よし! その変質させた純粋なエネルギーを、今度こそ解放してみろ!」


 ニコラはゆっくりと息を吐き、完全に性質を変えた魔力を、ほんのわずかだけ外へ放った。


 その瞬間だった。

 かつての暴走の時のような、轟音を伴う荒々しい赤い炎はそこには生まれなかった。


 シューッ……。


 極めて静かな燃焼音と共にニコラの指先に灯ったのは、恐ろしいほどの超高温を秘めた、極小の「青い炎」であった。

 無駄な延焼などなく、完全燃焼によって生まれたその炎は、まるで氷の刃物のように鋭く研ぎ澄まされた青い光を放っている。


 かつてクライ国の戦火で自分からすべてを奪い、幾度も夢に見て怯え続けた赤紅の炎。

 しかし今、自分の指先で静かに燃えているこの青い炎は、それとはまったく違う。無から有を生み出し、己の魔力を直接変質させて創り上げた、自分だけの新しい魔法の形だった。


「……これが、俺の魔法」


 美しく、そして恐ろしい熱量を持つ極小の青を見つめ、ニコラは真の力に覚醒した確かな手応えを感じていた。


 「ひひひっ! 見たか凡人ども! これが我が局の科学的アプローチの勝利だ!」


 歓喜して白衣を振り回す非常識な乱入者。しかし、その圧倒的な理論の正しさと、ニコラにもたらした劇的な進化を前にしては、田中もただ無言で感心の頷きを返すしかなかった。



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