第111話 心理的暴発(ミスファイア)
放課後の屋内訓練室。
夕日が窓から長く差し込み、静寂に包まれた空間で、二つの影が向かい合っていた。
田中に教えを乞うた海外特待生のニコラは、田中の前に立ち、深く俯いたまま口を閉ざしている。
田中はすぐに魔法の撃ち方や魔力制御のコツを教えることはしなかった。
代わりに、あの日のグラウンドで起きた事態の根本的な原因を、ニコラ自身に問いただしたのだ。
「なぜあの日、あのような規模の暴走を起こしたのか。技術的な欠陥か、それとも精神的なものか。それを明確にしない限り、俺はお前に何も教えられない」
田中の静かで厳しい声が響く。
ニコラはしばらく沈黙していた。特待生としてのプライドが、自身の弱さを曝け出すことを拒んでいたからだ。
だが、今の彼にそんな虚勢を張る余裕はもう残されていなかった。強く握りしめた拳が微かに震え、やがて彼は、絞り出すような声で己の凄惨な過去を語り始めた。
「……俺は、クライ国の出身なんだ」
ニコラの脳裏に、悲惨な記憶が鮮明に蘇る。
日常を唐突に奪ったドローン空爆。
耳をつんざく爆風の轟音、崩れ落ちるアパートの瓦礫、街を包み込む炎と、嫌になるほど鼻をつく焦げた肉の匂い。
そして、自身の両足が吹き飛ばされた時の、発狂するような激痛と絶望。
「地下のシェルター病棟で、俺は死を待つだけだった。両親の生死も分からず、ただ足のない痛みに耐えながら、煤のように真っ暗な心で息をしていた。……そこに、日本の聖女様が現れたんだ」
ヒミコの温かな光。おにぎりのすっぱい匂い。
彼女はニコラを絶望の淵から救い出し、失われた両足を与えてくれた。
「だから俺は、彼女のいるこの日本の魔法学院で、誰よりもトップの成績を収めなきゃいけないんだ。彼女の奇跡にふさわしい、完璧なエリートでいなきゃいけない。……そう思っていた」
ニコラは苦しげに息を吐き出した。
「でも、数日前のグラウンドの実技訓練で……俺は自分の魔力で、初めて本格的な『炎』の魔法を生み出そうとした。そして指先から立ち上った赤い炎の熱と、揺らめく光を見た瞬間――」
ニコラの視界は、グラウンドから一瞬にして戦火のクライ国へと引き戻されてしまった。
炎に対する根源的な恐怖のフラッシュバック。
魔法を止めなければならないという理性とは裏腹に、パニックに陥った脳と生存本能が過剰な魔力を無意識に引き出し続けた。結果として、あの巨大で制御不能な火柱を生み出してしまったのである。
特待生の慢心などではない。純粋な恐怖による暴発だったのだ。
「俺はエリートなんかじゃない。かつて自分を焼いた炎に怯える、ただの臆病者だ……!」
自身の弱さを吐露し、顔を覆うニコラ。泣き崩れそうになる少年の肩は、痛々しいほどに震えていた。
しかし、田中は泣く少年に対して、一切の同情も哀れみも示さなかった。
プロの軍人として、安易な慰めが過去の傷をえぐるだけだと知っていたからだ。田中はただ静かにニコラの告白を聞き終えた後、落ち着いた大人の声で真っ直ぐに告げた。
「戦場を経験した者なら、誰にでも起こり得る現象だ。俺たちの世界ではそれを『心理的暴発』と呼ぶ」
ニコラがハッとして顔を上げる。
「恥じることではない。お前はただ、兵器を扱う前の心のセーフティがかかっていなかっただけだ。原因が分かったのなら、対処のしようはある」
過去の恐怖を否定せず、軍人としての論理的な解釈でニコラのトラウマを正面から受け止める田中。
その冷静で揺るぎない大人の処方箋が、震える少年の心に静かに染み渡っていくのだった。
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