第109話 反応装甲(リアクティブ・アーマー)02
翌日のグラウンド。
晴れ渡る空の下、実技訓練の時間が始まると同時に、田中慎一は特別教官である剣崎の前に真っ直ぐに進み出た。
昨日の模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされた、あの屈辱を晴らすためのリベンジマッチである。田中の目には、プロフェッショナルとしての静かで冷徹な闘志が燃えていた。
グラウンドの中央で向かい合う二人。
木刀を肩に担ぎ、余裕の笑みを浮かべる剣崎に対し、田中は武器を何一つ持たず、両手を静かに構えた。僅かな隙や無駄すら削ぎ落とした、自衛隊式近接格闘術(CQC)の構えである。
プロの軍人が徒手空拳で挑むという異様な光景に、周囲で見学している生徒たちがざわめき始める。その喧騒を切り裂くように、審判役の三上が「始め!」と開始の合図を高らかに宣言した。
先手を取ったのは、やはり剣崎だった。
目にも留まらぬ神速の踏み込み。一瞬にして田中の懐へと潜り込むと、そこから嵐のような剣戟が巻き起こる。
「面」「小手」「胴」「突き」。急所を的確に狙った、洗練を極めた怒涛の連撃。
しかし、田中は回避の素振りを一切見せなかった。いや、避ける必要がなかったのだ。
ガキンッ! ガキン、ガキンッ!!
硬質な音がグラウンドに連続して響き渡る。
剣崎の木刀が田中の皮膚に触れる数ミリ手前で、見えない壁に激突し、激しく火花を散らして弾き返されたのだ。
田中の全身を覆う、極限まで圧縮された高密度の魔力。彼が編み出した『反応装甲』の前では、いかに剣崎の剣技が鋭く重かろうと、外側からの単純な物理攻撃など全く意味を成さない。
「今度は、こちらの番です」
驚愕して僅かに動きが止まった剣崎の隙を突き、田中が攻撃に転じる。
踏み込みと同時に放たれた、必殺の指向性爆発を伴う右ストレート。拳が剣崎の胴体を完全に捉え、内部へ向けて大爆発を引き起こす――と思われたその瞬間。
剣崎の姿が、ふっと陽炎のように掻き消えた。
「っ!?」
「惜しいな」
田中の拳が空を切り、無傷の剣崎が田中の背後に立っていた。神速の移動術『縮地』である。
そこから、幾度かの攻防が繰り返された。
剣崎のあらゆる斬撃は田中の反応装甲に弾かれ、田中の触れれば終わる爆発ストレートは剣崎の縮地によって決して当たらない。
矛と盾の究極の平行線。見学していた生徒たちの中から「これ、お互いに決め手がなくて引き分けじゃないか?」という囁き声が漏れ始める。
しかし、剣崎は焦るどころか、たまらなく楽しそうに口角を上げた。
「大砲の暴発を抑え込み、自らの皮膚を要塞に変えたか。見事な応用力だ。だが――」
剣崎は田中の間合いから大きく離れた位置で、ゆっくりと木刀を上段に構え直した。
「その立派な装甲、身体の中にも張れるものか?」
その問いの意味を田中が理解するよりも早く、剣崎が静かに木刀を振り下ろした。
田中には届かない、ただの素振りだ。
しかし次の瞬間、剣崎が放った達人の技『空転』が発動した。斬撃の座標を遠隔地へ転移させるという、理不尽極まりない空間干渉の技。
木刀の素振りが生み出した「威力」の座標だけが、田中の鉄壁の装甲を完全に無視して、彼自身の体内の座標へと直接転移し、発生したのだ。
ゴゴンッ! という鈍く重い音が、田中の腹の底から響いた。
表面の装甲は無傷のまま。しかし田中の体内には、巨大な鐘を内側から直接ぶち叩かれたような、内臓を無残に抉る激しい衝撃波が駆け巡った。
「ガハッ……!」
視界が明滅し、田中はたまらず胃液を吐き出した。
呼吸ができなくなり、激痛に耐えきれずその場に蹲って、むせ返りながら嘔吐してしまう。完全に戦闘継続不可能なダメージだった。
「一本! 勝負あり!」
三上の声が響き渡り、試合の終わりを告げる。
地面に這いつくばり、荒い息を吐きながら己の敗北を噛み締める田中。
そんな田中の頭上から、木刀を肩に担いだ剣崎が満足げに見下ろしていた。剣崎の顔に、昨日のような失望の色は微塵もない。
「たった一晩で、扱いにくい大砲を最高峰の盾と矛に仕上げてきたな。見事だ、軍人」
それは、敗北を味わいつつも、本物の強者から最大の賛辞を引き出した瞬間であった。
グラウンドの生徒たちは、圧倒的な達人の技と、それに一歩も引かずに肉薄したプロの軍人の執念に、ただただ息を呑んで静まり返るのだった。
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