第108話 反応装甲(リアクティブ・アーマー)01
夜の自主訓練場。
田中慎一は一人、己の前に吊るされた真新しいサンドバッグを見つめながら、昼間の剣崎の言葉を何度も反芻する。
『大砲が撃てない状況なら、手持ちの武器の最も効率的で安全な運用法を自分の頭で考えろ』
プロの軍人として、周囲を巻き込む危険のある大砲は撃てない。ならば、どうするか。
放出系だからといって、必ずしも遠くへ飛ばす必要はない。田中の出した結論は、魔力の「放出距離」を極限まで絞り込むことだった。
通常、放出系の魔法は魔力を直接、対象へ撃ち出す。
しかし田中は、自身の持つ750という莫大な魔力を、皮膚の表面わずか数ミリの空間にのみ留め、極限まで圧縮して「放出し続ける」という常識外れの制御を試みた。
暴発を恐れ、安全管理を徹底してきたプロの軍人だからこそできる、緻密で繊細な魔力の抑え込み。やがて田中の全身を、目に見えない高密度の魔力エネルギーがうっすらと覆い始めた。
(……まずは、防御のテストだ)
田中は自身のホルダーからコンバットナイフを取り出すと、躊躇なく、自身の左腕に向かって全力で突き立てた。
常軌を逸した自傷行為。しかし、鋭い刃先が皮膚に触れる直前だった。
ガキンッ!
硬質な金属音が訓練場に響き、ナイフは目に見えない壁によって弾き返された。
皮膚の表面で常に外へ向かって放出され続けている高圧縮の魔力が、ナイフの運動エネルギーと衝突し、瞬時に相殺したのだ。
それは、対戦車兵器の直撃を防ぐために戦車の外部に装着される「反応装甲」と全く同じ原理であった。田中の腕には、かすり傷一つ付いていない。
魔力を放出し続ける限り、これは銃弾すらはね返す最強の鎧となる。
(防御は完璧だ。次は、攻撃)
田中はナイフをしまい、目の前の重いサンドバッグに向かい直った。そして、自衛隊式近接格闘術(CQC)の、無駄を省いた構えをとる。
大砲を遠くへ撃つと、着弾点の周囲の非戦闘員を巻き込む。
ならば、打撃のインパクトの瞬間にのみ、対象の内部に向かって魔力を「放出」すればどうなるか。
シュッ、と鋭く息を吐き、田中は一瞬で距離を詰めた。
踏み込みの勢いを乗せ、魔力を纏った右ストレートをサンドバッグの中心へと正確に叩き込む。
拳が分厚い革にめり込んだ、その瞬間。
田中の拳の表面に圧縮されていた魔力が、サンドバッグの内部という極小の空間に向けて、指向性を持った爆発となって一気に解放された。
ズドォォォォンッ!!
まるで本物の砲弾が直撃したかのような轟音が炸裂した。
頑丈なはずのサンドバッグは、内部からの爆風によって耐えきれずに木端微塵に吹き飛び、中身の砂が訓練場にザーッと雨のように降り注いだ。
しかし、田中の周囲や後方には、一切の被害が出ていない。莫大な破壊力は拡散することなく、すべて前方の対象のみに注ぎ込まれたのだ。
「……これなら、周囲を巻き込まない」
砂まみれになった自身の右拳を静かに見つめ、田中は確信した。
兵器の恐ろしさを誰よりも知る軍人の理性が、暴発の危険を持たない「最強の徒手格闘兵器」を完成させた瞬間であった。
己の魔法の正しい運用法を見出した田中の目から、昼間までの迷いは完全に消え去っていた。
そこにあるのは、圧倒的な強者である剣崎へのリベンジを見据える、プロフェッショナルとしての静かなる闘志だけだった。
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