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第106話 姿なき英雄と秘密の四畳半

挿絵(By みてみん)


 グラウンドを包み込んでいた爆炎が一瞬にして消滅した直後、その場には不気味なほどの静寂が降りていた。

 しかし、それが「助かったのだ」という安堵に変わった瞬間、グラウンドは蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「おおおお……! ついに、ついに聖女様の奇跡がこの地に降臨されたのだ! 聖女様尊い! 圧倒的感謝……ッ!」


 教官の三上翔は、熱狂的なオタク特有の早口で天を仰ぎ、両手で顔を覆ってボロボロと感涙を流している。

 一方、絶対防御の光壁を解除した真壁楓は、三上の狂態を冷ややかな目で見流しつつも、自身の額に浮かんだ汗を拭いながら戦慄していた。


「……いいえ、あれは奇跡などという曖昧なものではありません。物理法則を完全に無視した、圧倒的な上位概念からの干渉……」


 真壁のクールな声には、隠しきれない動揺が混じっていた。

 無敵の盾を持つ彼女でさえ干渉できなかった魔力暴走の根源を、何者かが一瞬で刈り取ったのだ。


「一体誰がやったんだ!?」


「教官じゃないのか!?」


「馬鹿な、学園にはまだ姿を見せないトップランカーが潜んでいるというのか……!」


 プライドの高い生徒たちも、自分たちを遥かに凌駕する未知の力の存在に騒然となっている。グラウンドではあっという間に、正体不明の「姿なき英雄」の伝説が語り出される事態となっていた。


 ◇


 一方、その「姿なき英雄」こと九条蓮は、薄暗い備品室の中でガタガタと激しく震えていた。

 外界の暴走に対する恐怖からではない。先ほど自身がしでかした事の重大さに気づき、激しい社会的恐怖に襲われていたのだ。


(……や、やってしまった。もし僕がやったとバレたら、今度こそとんでもない期待とプレッシャーを背負わされる……ッ!)


 エリートたちが必死に防ごうとしていたものを、自室から一歩も出ずに鼻歌交じりで消し飛ばしてしまったのだ。そんなことが明るみに出れば、トップの成績というプレッシャーどころの話ではない。一生、最前線に駆り出されるハメになる。


「さ、佐藤さん……! お願いです、僕がやったってこと、絶対に、絶対に誰にも言わないでください……!」


 九条は涙目で佐藤のジャージの袖を掴み、必死に懇願した。


「分かってる、分かってるよ九条くん。目立つのってしんどいもんな。クレーム対応で矢面に立たされるのと同じだ。俺たちは最初から最後まで、この備品室で震えて隠れてたことにしよう」


 佐藤は元スーパー店員の処世術をフル活用し、深く頷いて九条の秘密を守ることを約束してくれた。持つべきものは常識的な大人の味方である。


 しかし、その密約を絶対に許さない男が一人いた。


「ひひっ! 何を馬鹿なことを言っている! 愚民どもに我が局の最高傑作、アドミニストレータの偉業をひれ伏して拝ませてやるのだ!」


 全く空気を読まない狂気の科学者、木島である。

 彼は白衣をバッサバッサと翻し、嬉々とした表情で備品室のドアノブへ手を伸ばそうとした。グラウンドの連中に「うちの九条がやった」と触れ回る気満々である。


「やめてください木島さん!!」


「ステイ! ステイです木島さん!!」


 九条と佐藤は血相を変え、全力の飛びかかりで木島の背中に物理的なタックルをお見舞いした。

 ドサァッ! という鈍い音と共に、白衣の狂人が埃っぽい床に押し倒される。


「ええい放せ凡人ども! これは学会を揺るがす大発見なのだぞ!」


「静かにしてください! バレたら僕、退学して一生部屋から出ませんからね!」


 九条は焦りのあまり、自身の干渉系魔法を無意識に発動させていた。備品室の床に落ちる影がヌルリと這い上がり、ドアの隙間と鍵穴を内側からガチガチに固めて封鎖する。空間を支配する神の御業の、極めて後ろ向きな無駄遣いである。


 床の上で男三人が「放せ!」「落ち着け!」と埃まみれになって泥臭く揉み合っていると、その様子を静かに見つめる白金の瞳があった。


「……ん」


 部屋の隅の跳び箱の上にちょこんと座る、校長のヒミコである。


 ヒミコは、グラウンドの惨状を救ったのが九条の闇魔法であることを完全に理解している。彼女が外に出て一言「蓮がやったよ」と言えば、九条の引きこもり計画は完全に崩壊する。


 九条がビクッと肩を震わせ、ヒミコを見上げた。

 しかしヒミコは、床で取っ組み合いをしている男たちを見て咎めることもなく、ふわりと優しく微笑んだ。


「……蓮のお部屋、とっても静かで安全だね。秘密、守ってあげる」


 その言葉に、九条は心の底から安堵の息を吐き出した。

 学院の絶対的なトップであるヒミコが、真実を知る共犯者となってくれたのだ。これ以上心強いことはない。


 外の世界では、エリートたちが姿なき英雄を探して大盛り上がりを見せている。

 しかし当の英雄は、備品室の床で木島を押さえつけながら、平和な引きこもりライフを死守できたことに、ひっそりと胸を撫で下ろすのだった。



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