第105話 アドミニストレータ02
グラウンドは、灼熱の地獄と化していた。
焦りから限界を超えた海外特待生の魔力が完全に暴走し、巨大な火柱となって渦を巻き、周囲のすべてを飲み込もうと荒れ狂っている。
「お前ら早く校舎へ退避しろ! 走れッ!」
教官である三上翔が、必死の形相で怒号を飛ばし、パニックに陥る生徒たちの避難を先導する。
最強の砲台である三上ならば、自身の『魔力ビーム』を最大出力で放ち、炎ごと消し飛ばすことも可能だった。しかし、ここは生徒たちが密集するグラウンドのど真ん中である。そんな真似をすれば、無関係な生徒たちまで巻き込む大惨事になることは火を見るより明らかであり、迂闊に攻撃の手を出すことができなかった。
「ここは私が防ぎます。三上は生徒の誘導を!」
膠着する状況の中、最前線に飛び出したのは門番である真壁楓だった。
彼女は迫り来る爆炎の前に立ちはだかると、クールな声と共に自身の変質系魔法『絶対防御』を発動させた。
瞬時にして、空間そのものがハニカム構造の美しい紺碧の光壁へと変質する。それは、運動エネルギーから熱線に至るまで、あらゆる物理干渉を完全に拒絶する無敵の盾であった。
ゴォォォォォッ!!
猛烈な炎の嵐が紺碧の盾に激突する。しかし、真壁の絶対防御は炎ごときに破られるような代物ではない。彼女の背後にいる生徒たちや校舎への被害は、完璧に防がれていた。
だが、真壁の額にはじっとりと焦りの汗が滲んでいた。
彼女の力はあくまで「防御」である。いくら炎を防ごうとも、暴走の根源である魔力の噴出を止めることはできない。終わりの見えない圧倒的な熱量を前に、事態を根本から解決できないもどかしさが彼女をじわじわと追い詰めていた。
そんなグラウンドの惨状を。
九条蓮は薄暗い備品室の中から、影のネットワークを通じて静かに俯瞰していた。
外界の光が届かない四畳半のシェルター。そこで九条は、自身の内に宿る1500という莫大なCPU(魔力)をフル稼働させ、グラウンド全域に広がる影への完全な干渉を終えていた。
彼にとって、真壁たちを追い詰めているあの恐ろしい爆炎は、災害ではない。
自身の管理するテリトリーに発生した、ただの「不具合」でしかなかった。
「……削除します」
九条は闇の中で、パソコンのエンターキーを叩くように、小さく指を鳴らした。
パチン、という乾いた音が備品室に響く。
次の瞬間だった。
真壁の光壁の向こう側で、今まさにすべてを焼き尽くそうと荒れ狂っていた巨大な爆炎が、まるで映像の電源を唐突に切ったかのように、中心から音もなく消失した。
影が、炎を「食べた」のだ。
九条の支配下にある影の領域へと侵入した膨大な熱エネルギーは、彼によって物理法則を強制的に書き換えられ、完全に「無」へと変換されたのである。
さらに九条の処理は止まらない。
彼は暴走の発生源である生徒の魔力そのものへとダイレクトに干渉した。影の中から無数の黒い触手を這い出させ、荒れ狂う魔力の奔流を優しく絡め取ると、すべてを底なしの闇へと吸い込ませていく。
結果として、暴走という「プロセス」そのものが強制終了させられた。
あとに残ったのは、すっかり焦げたグラウンドの地面と、一瞬にして訪れた静寂だけ。
何が起きたのか全く理解できず、三上も、絶対防御を展開したままの真壁も、避難しかけていた生徒たちも、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
事態が完全に収拾されたことを、影のセンサーを通じて確認した九条。
彼は備品室の隅で「ふぅ」と小さく溜息をつくと、再び膝を抱えて小さく丸くなった。大仕事を終えた安堵感とともに、いつもの引きこもりの定位置へと戻る。
そんな九条の静かなる偉業を、同じ暗闇の中で見ていた木島が、歓喜に全身を震わせながら声を上げた。
「ひひっ! 見事だ! 物理的衝突を一切介さず、システムの根幹からバグを消去した! これぞ世界の闇を統べる御業!」
木島は狂気的な笑みを浮かべ、闇の奥に座る九条を指差した。そして、この新しい王にふさわしい称号を高らかに宣言する。
「九条蓮! 今日からお前は、この闇のルールを書き換え管理する者――『アドミニストレータ』だ!」
外界から逃げ出したはずの引きこもりの青年が、誰も手出しできなかった暴走を自室から一歩も出ずに鎮圧し、真のトップとしての圧倒的な力と名前を得た瞬間であった。
少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけたら、下の【★★★★★】と【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、執筆速度が爆上がりします。
何卒、よろしくお願いいたします!




