第104話 アドミニストレータ01
佐藤の不器用な慰め、木島の狂気じみた理論、そしてヒミコの純粋な導き。
三つの言葉を受け取った九条蓮は、ゆっくりと深く息を吐き出した。自身の内側で出口を求めて暴れ回っていた熱い奔流が、いまや静かで冷徹な「演算処理能力」へと切り替わっていくのがハッキリと分かる。
九条がいるのは、太陽の光が遮断された薄暗い備品室の隅だ。
かつての自室にも似た、埃っぽく、そして豊かな「闇」が広がるこの空間は、九条が自身の干渉系魔法――すなわち闇のハッキングを試すのに、これ以上ないほど完璧な環境であった。
九条は目を閉じ、足元に色濃く落ちる自身の影へと意識を繋げた。
それは、パソコンにLANケーブルを接続する感覚に似ていた。カチリ、と脳内でスイッチが入る音がした瞬間、自分の周囲に広がる暗闇が「自分自身の身体の一部」になったかのような、絶対的な支配感覚が流れ込んでくる。
(……まずは、チュートリアルだ)
九条は、自身の1500という莫大なCPUに最初のコマンドを打ち込んだ。
対象は、隣で佐藤が腰を下ろしているパイプ椅子の足元に広がる影。その影の「物理法則」を書き換える。
「うおっ!?」
突然、佐藤が素っ頓狂な声を上げた。
彼が座っているパイプ椅子が、まるで泥沼に飲み込まれるように、音もなく床の影へとズブズブと沈み込み始めたのだ。
しかし、佐藤自身に危険は一切及ばなかった。椅子は床下へと完全に姿を消し、数秒後、再び影の中から全く無傷の状態でフワリと浮かび上がり、元の位置に固定された。
「ひひっ! 素晴らしい! エントロピーの完全な逆転だ!」
木島が白衣を振り乱し、狂喜して叫んだ。
質量、摩擦、重力。それら本来なら絶対であるはずの物理法則が、この闇の中においてはすべて九条の意のままに上書きできる。
九条は確信した。この四畳半の闇において、自分はすべてを統べる絶対的な管理者なのだと。
だが、九条の内に宿る1500という途方もない処理能力は、この狭い備品室ひとつを支配するだけでは、あまりにもオーバースペックだった。CPUの稼働率は、まだほんの数パーセントに過ぎない。
(……もっと、繋がるはずだ)
九条がさらに意識を拡張すると、彼の干渉領域は備品室のドアの隙間から、まるで生き物のように這い出した。
冷たいコンクリートの廊下の影、階段の踊り場の暗がり、さらには窓の外、校舎がグラウンドに落とす巨大な影へと、黒いネットワークケーブルが瞬く間に伸びていく。
九条は備品室の床に座ったまま、影と繋がっているだけで、外界のあらゆる状況をモニター越しに見るように正確に「感知」することができた。
自分の部屋(闇)にいながらにして、外の世界を掌握していく全能感。
これならいける。これなら、外の世界に出ずとも、自分のテリトリーからすべてを制御できる。
しかし、影のネットワークがグラウンドの中央付近まで到達した、その時だった。
『――!!!』
九条の脳内に、けたたましいエラー音のような感覚が響き渡った。
グラウンドに敷き詰めた影のセンサーを通じて、彼の大容量CPUが「あり得ない異常な熱量」を感知したのだ。
焦りから限界を超えた魔力操作を行った海外特待生の一人が、大規模な魔力暴走を引き起こしたのである。
影のネットワークを通じて、逃げ惑うクラスメイトたちの悲鳴、教官である三上の怒号が痛いほど鮮明に伝わってくる。
そして、本来あるべき物理法則を完全に無視し、世界を焼き尽くさんばかりに膨張していく爆炎(致命的なバグ)の気配が、すさまじい速度でこちらへと迫ってきていた。
「どうしたんだ、九条くん?」
ただならぬ九条の様子に、佐藤が不安げに尋ねる。
九条は静かに目を開き、立ち上がった。その顔には、先ほどまでの怯えた引きこもり青年の面影は欠片もなかった。
「……外の世界が、バグってます」
自身の安全な領域を脅かす外界の危機。
最強のCPUを稼働させた九条は、その致命的なエラーを修正するため、静かに備品室の中で立ち上がった。
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