第102話 逃げ込んだ先
木島による「放出不可能」の宣告から数日。魔法学院のグラウンドでは、三十名の第一期生たちによる実技訓練が続けられていた。
ヒミコによって魔力の『鍵』を開けられた生徒たちは、日を追うごとにその未知の力への順応を見せ始めていた。
特に、頭が柔らかく直感に優れた十代の若者たちの成長は早かった。神楽舞などは指先から小さな光を生み出してはしゃぎ、周囲から感嘆の声を浴びていた。
「よし、いいぞ! その感覚を忘れるな!」
教官である三上の熱の入った指導の声。魔力が弾けるパチパチという音や、空気を裂く破裂音。そして、生徒たちの驚きと歓声。
グラウンドには、魔法学院という名にふさわしい、希望に満ちた活気のある風景が広がっていた。
しかし、その光と音の渦は、九条蓮にとっては自らを追い詰める凶器のような「騒音」でしかなかった。
九条はグラウンドの端で、じっと自分の両手を見つめていた。
何度やっても、どれだけ強く念じても、彼の手からは何の光も風も生まれなかった。
彼の内側には、入試で叩き出した「1500」という、アリスすらも凌駕する莫大なエネルギーが確かに暴れ回っている。心臓の奥底で、煮えたぎるような熱が渦を巻いているのが分かるのだ。
だが、干渉系という未知の特性を持つ彼には、そのエネルギーの出口が、使い道が全く分からなかった。
誰かが直接彼を責めたわけではない。
しかし、グラウンドのあちこちから、チラチラと無言の視線が飛んでくるのを感じる。
(……あれだけの魔力があるのに、どうして何もしないんだ?)
(……もしかして、本当は魔法が使えないんじゃないか?)
(……いつになったら、トップの成績にふさわしい凄い魔法を見せてくれるんだ?)
声に出されていないはずの他人の思考が、幻聴となって九条の脳内に響く。それは、見えない針となって彼の肌をチクチクと刺し続けていた。
出口のない莫大な魔力と、周囲からの無言のプレッシャー。
その二つが、九条の感覚を極限まで過敏にさせていく。
パァン! と誰かが魔法を放つ破裂音。
「すごい!」という女子生徒の歓声。
ザッ、ザッという教官の足音。
それらすべての音が、不登校になる直前の、あの高校の教室のざわめきと重なっていく。
『九条ならきっとできるよ。期待してるんだから頑張れよ』という、教師や親からの善意の押し売り。
『あいつ、また休んでるよ』『なんか変じゃない?』という、クラスメイトのひそひそ話。
痛い。見ないでくれ。期待しないでくれ。
当時の冷たい視線や声が鮮明にフラッシュバックし、九条の胸を締め付けた。呼吸が次第に浅く、速くなっていく。めまいがして、グラウンドの土を踏みしめている足の裏の感覚すら曖昧になっていく。
(……やっぱり自分はダメなやつだ)
激しい動悸を押さえながら、九条は歪んでいく視界の中で絶望した。
(俺は偽物だ。1500なんて数字、何かの間違いだったんだ。誰も俺なんかに期待するべきじゃない……)
息苦しさに耐えきれなくなった九条は、一歩、後ろへと後ずさった。
誰も自分のことなど見ていない隙を突いて、背中を向けた。そして、脱兎のごとく訓練の輪から離れ、逃げるように校舎へと駆け込んだ。
冷たいコンクリートの廊下を、足音を殺して進む。
どこでもいい、誰の目にも触れない場所へ。
行き着いた先は、校舎の片隅にある、今は使われていない埃っぽい備品室だった。
錆びついたドアを押し開け、中に転がり込むようにして入り、内側から鍵をかける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
外界の音も、眩しい魔法の光も、他人の期待の視線も、分厚い壁とドアによって完全に遮断された。
壊れた跳び箱やモップが乱雑に置かれた、四畳半ほどの薄暗く埃っぽい空間。それは、かつて九条を外界の恐怖から守ってくれた「自分の部屋」と、ひどく酷似していた。
九条は部屋の隅に座り込み、膝を固く抱え込んだ。
トップの成績を持ちながら逃げ出したという、惨めな敗北感。しかしそれと同時に、外界から完全に遮断されたことによる、どうしようもない安堵感が彼を包み込んでいた。
薄暗い四畳半のシェルターの中で、九条は誰にも見られないように、一人静かに息を潜めていた。
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