第100話 空飛ぶウサギと魔法学院の常識
アリスの物理法則の破壊は、そこからが本番だった。
「長座体前屈」の測定では、魔法は使わず自らの体の柔らかさで、軟体動物すら凌駕するあり得ない記録を叩き出した。
そして測定はグラウンドへと移り、「反復横跳び」「立ち幅跳び」「20mシャトルラン」「50m走」の順番がやってきた。
ここでアリスは、いつも大切に抱きしめている母の形見「ウサギのぬいぐるみ」にぎゅっとしがみついた。そして、強力な『物質操作』を発動し、ぬいぐるみごと自身の身体をふわりと宙に浮かせたのである。
「よし、スタート!」
教官の笛の音と共に、グラウンドに異様な光景が広がった。
魔法が使えないエリート学生や体育会系の生徒たちが、顔を真っ赤にして汗だくになりながら走る横を、アリスは足に一切の土をつけることなく、ウサギと共にスーッと音速で駆け抜けていく。空気抵抗すら魔力で殺した、完全な飛行である。
立ち幅跳びでは、踏み切った後そのまま空中を散歩するようにフワフワと進んで飛距離を伸ばし、反復横跳びでも、宙に浮いたまま超高速の平行移動で線をまたぎ続けた。
「いやいやいや! それ陸上競技じゃないから!」
「ただの飛行じゃん! 足ついてないぞ!」
魔法を持たない二十九名のクラスメイトたちが、走りながら激しいツッコミを入れる。しかしアリスは、一切汗をかくことなく、涼しい顔で答えた。
「Yes。ウサギさんの足が速いのです」
反論の余地のない(?)理屈である。
そして迎えた最後の種目、「ソフトボール投げ」。
アリスは指定された円の中に立つと、小さな手でソフトボールをふわりと軽く上空へ放り投げた。
直後、ふっ、と鋭く息を吐き、強烈な『物質操作』の魔力をそのボールの芯へと叩き込む。
ドシュゥゥゥッ!!
グラウンドに爆音が轟いた。
ソフトボールはまるで打ち上げ花火、いや、迎撃ミサイルのような白煙と軌道を描いて空高く舞い上がり、そのまま雲の彼方へと消え去ってしまった。
落下地点の確認など不可能。測定不能というより、完全なるロストである。
「…………」
あまりの光景に、グラウンドにいた全員がポカンと口を開け、ボールが消えた空を見上げていた。
数秒後、我に返った体育会系の生徒や海外のエリートたちが、教官に向かって猛抗議を始めた。
「こ、こんなのアリですか!? 体力測定で魔法を使うなんて反則だ!」
「そうだ! 俺たちはまだ魔法が使えないのに、彼女だけ魔法を使うのは不公平だ!」
生徒たちの不満が爆発しそうになった、その時。
「やかましいわ、無能ども」
重く冷酷な声と共に、理事長の源田がグラウンドに姿を現した。源田は抗議する生徒たちを一瞥し、鼻で笑い飛ばした。
「バカか貴様ら。ここはどこだ? 魔法学院だぞ。魔法を使うのなんて当たり前だろ」
「し、しかし! これは体力測定で……!」
「実戦で敵を前にした時、『俺たちはまだ魔法が使えないので、魔法は禁止にしてください。殴り合いで勝負しましょう』とでもお願いする気か? いつまでも常識というぬるま湯に囚われ、己の無力を棚に上げている貴様らがいけないのだ」
源田の理不尽とも思える、しかし冷徹な正論に、生徒たちはぐうの音も出ず押し黙るしかなかった。
「そもそも、ルールの穴を突き、いかに早く固定観念を捨てて魔法を応用できるか。それを試すためのテストでもあったのだ。アリス以外は全員落第だな」
結果として、全種目で圧倒的な(かつ物理法則を完全に無視した)記録を叩き出したアリスが、ぶっちぎりの総合一位となった。
ズルい、とはもう誰も言えなかった。
他の二十九名の生徒たちは、雲一つない空を見上げながら、「一刻も早く、自分たちもあの領域に到達しなければ」と、強烈な焦りとモチベーションを胸に刻み込んでいた。
魔法学院という場所の常識のヤバさと、絶対的な実力主義。
それを第一期生全員が骨の髄まで思い知らされた、衝撃的な体力測定はこうして幕を閉じたのであった。
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