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敵地の洗礼1

 澄に、勝負を挑みに行くと言った日の夜。大和はベッドに座ったまま、携帯電話の画面を覗いていた。その画面に映っているのは、玲人の携帯番号だ。


「ふぅ……」


 小さく息を吐き、覚悟を決めると、発信のボタンを押す。

 すぐにコールが始まり、数回したところで耳から入ってくる音が変わる。

 がやがやと五月蠅い喧騒は、玲人が外にいるからだろう。聞きなれた音も入ってくることから、まだゲームセンターにいるのかもしれない。


「もしもし、大和だ」

「おう、玲人だ。お前から連絡が来るのをずっと待ってたぜ」


 その声は嬉しそうに弾んでいる。


「あんまり遅いから、こっちから出迎えに行ってやろうと何度思ったことか」

「悪かったな。こっちもそれだけきっちり特訓してたってことだ」

「イイね、待った甲斐があるってもんだ。で、電話してきたってことは、準備ができたってことで良いんだよな?」

「ああ、明後日の日曜日、午後三時からお前の店に行く」

「イイね! イイね! 最高だ! ならこっちもばっちり出迎えの準備はしておいてやるよ。ギャラリーたっぷりの中でお前をぶちのめせる日が来るなんてな!」

「簡単にやられるつもり……いや、この試合、負けるつもりは元からない。俺はお前を倒して、カードを取り返させてもらう」

「その気迫、電話越しでもびりびり感じるぜ。こりゃ本当に楽しみになって来た。日曜、待ってるぜ」


 その言葉を残して、玲人との通話が切れる。それと同時に、部屋に静けさが戻り、緊張で強張った肩から力が抜けた。


「あいつ、変わらなさすぎだろ」


 自分の言葉に、思わず笑みが漏れた。

 高校生になっていると言うのに、玲人の話し方は小学生の時のままだ。直接会ったと時にも感じていたが、まるで子供のころの玲人がそのままタイムスリップしてきたかのような感覚さえ覚えさせられる。そのせいで、まるで自分も昔のように、玲人と対戦したいと心から思ってしまう。

 玲人はどれだけ強くなっているのだろうか。どんなユニットで、どんな作戦で攻めて来るのか、自分の攻撃をどのように凌いでくれるのか。考えるだけで体の奥から込み上げるものがあった。


「試合を楽しみにしているのはお前だけじゃないんだぞ」


 四年ぶりの再会なのだ。楽しみじゃない筈がない。もし、この試合にアンティルールが適用されていなければ、もっと楽しい試合になったのだろうにと、悔しくすらある。

 携帯を横に置いて、机を見れば自分のデッキが置いてある。ベッドから立ち上がり、そのデッキを一枚一枚机の上へと並べて、玲人との試合をシミュレートしていく。

 先日見た玲人の試合で、大和は相手のウォーリアが何かは知っている。その特徴もすでに調べてあるため、どのようなものに強いのか、どのような行動がやりやすいのかなども把握できている。しかし、それはおそらく玲人も同じだと考えていた。

 大和は一週間の練習期間中に、何度も自分のウォーリアを使って澄との訓練を行っていた。それを玲人が知らないとは考えにくい。

 玲人の戦い方には、情報戦という物もしっかりと含まれている。勝負にこだわる性格ゆえに、知らなかったから負けるということが許せないのだ。

 だからこそ玲人は、試合が決まれば全力で相手のことを調べる。

 もし、玲人がディメンジョンでの大和の姿を見ていなかったとしても、すでにWFで何度か地方大会に出場していた大和の戦闘データは、ネット上に動画としてアップされていたりもするため、調べるのは非常に簡単だ。

 両者がお互いの戦い方を知っている場合、試合は非常に繊細なものになる。

 一手先はすでに見切られた状態から始まるのだ。常に考えるのは二手三手先の行動。その行動を間違えれば、一気に不利な状況へと持って行かれる可能性もあるし、有利な状況へ事を運ぶことも出来る。

 まるで、チェスや将棋のようにお互いの動きを読み、ウォーリアを制御して、相手の隙を作り出さないといけない。

 今、大和の頭の中では、玲人との試合が繰り返し行われている。

 自分が能力を発動した時、玲人のウォーリアはどう動くのか。動いた先の追撃はどうするか。もし別の行動をした場合は? 相手に先手を取られた場合は? 相手の攻撃にどう対応する? 魔法が飛んできたら躱すのか、それとも正面から防ぐのか。躱した場合、玲人はどのように動くのか。そこからカウンターを仕掛けることは可能か。

 ありとあらゆる可能性を模索しながら自分のユニットカードを入れ替え、細い勝ち筋を何本も形成していく。

 そして気が付けば、二時間ほどが経過していた。


「もうこんな時間か」


 明日が休みとはいえ、大和はあまり夜更かしをするタイプの人間では無い。

 基本的にカードゲームしかやらない大和は、遊ぶ時間と言えばゲームセンターが開いている時間であり、それ以外は適当に勉強をするか、ネットでカードの情報を調べて新しい戦略を考える程度である。

 その為、十二時過ぎにはだいたい眠ってしまうのだ。そしてこの日も、生活習慣が大和に眠気を伝えてくる。

 手元のデッキは、二時間検討し続けた結果、最善と思われる状態になっている。それをデッキケースにしまい、散らかった他のカードを保存ケースの中に戻し、引き出しに収める。


「さて、今日はもう寝るか」


 大きく一つ伸びをしたのち、大和は寝間着に着替えてベッドに入った。



 翌日は、今までの練習の疲れを癒すクールタイムとして休みにした。そして試合当日の日曜日。大和は昼ごはんを食べてから、ディメンジョンへと来ていた。

 そこにはすでに澄と佳奈美がいた。


「大和先輩こんにちは!」

「おう、まだ二人だけ?」

「ええ。和馬先輩と千華さんは来てないわ。と言っても、まだ集合時間よりかなり早いしね」


 澄の言葉に、腕時計を見れば、針は一時を刺している。

 ここから地下ゲームセンターへ行くには、電車で三駅、三十分もあれば行ける為、集合は二時になっていた。


「じゃあ暇つぶしに何か遊ぶか」


 ここはゲームセンター、時間を潰すものはいくらでもある。


「じゃあプリクラ取りましょう!」

「ぷ、プリクラ?」


 佳奈美の提案に、大和は躊躇する。もともと、ゲームセンターでは大抵男性向けのゲームばかり遊んでいたので、プリクラやUFOキャッチャーなどはほとんどやったことが無い。そもそも、前いたゲームセンターはプリクラなどが無い、マイナーな場所だったため、そのような機会も全くなかったのだ。


「えっと、俺はパス……」

「まあまあ、先輩も記念に一枚」


 そう言いながら佳奈美は大和の背中を押して、プリクラの機械が集まっている場所へと移動させる。


「師匠、素直にあきらめて私たちとプリクラを取るわよ。ここのプリクラは色々種類があって結構楽しいのよ?」


 いつもなら佳奈美の暴走を止めてくれるはずの澄も、今回ばかりは佳奈美の仲間だった。

 抵抗しようにも、二人に挟まれ腕を掴まれた状態では強く抵抗も出来ず、周りの視線を感じながら、プリクラに連れ込まれてしまう。


「マジで撮るの?」

「ここまで来て何言ってるんですか。ほらほら、画面見て笑顔作って」


 機械からアニメ声でカウントダウンがされ、フラッシュが焚かれた。

 最近のプリクラは、撮ったらすぐに写真になって出て来るわけでは無い。色彩はもちろん、被写体すら自由に弄れるのだ。目を大きくしたり、鼻を小さくしたり、場合によっては顔の輪郭自体を変えてしまうことすらできる。

 昨今の、プリクラの写真で可愛いかどうかを判断するなという風潮は、さもありなんという物だった。

 そんなことを思いながら、澄と佳奈美が楽しそうに写真をいじっていくのを、大和は後ろから覗き込む。そこには色々とカラフルな文字が描きこまれ、非常に目に痛々しい仕様に変わっていた。それに苦笑しながら、しばらく待っていると、編集が終わったのか、澄が戻ってくる。


「お待たせ」

「満足そうだな」


 戻ってきた澄の顔は、ホクホクと笑顔だ。


「ええ、いい編集ができたわ。すぐに佳奈美が印刷したのを持ってくると思う」

「おっまったせー! はいこれ、先輩の分」


 そう言って佳奈美はプリクラのシートをそのまま渡してくる。


「あれ、二人の分は?」


 シートに切り取られた形跡は無く、三枚もシートを出してくれるほどプリクラは優しくない。そうなると、二人分のプリクラが無いはずだ。その事を疑問に思った大和が聞けば、二人は携帯を取り出す。


「今は携帯に撮ったものを送ってもらえるのよ」


 二人の携帯の画面には、大和の持っているシートと同じ写真が写っている。


「そんな便利な機能があるのか」

「今じゃプリクラ手帳も電子化の時代ですよ!」

「プリクラって意外とかさばるから」

「いらないやつも、人の顔が写ってるから捨てにくいしね」


 佳奈美の言葉に澄もうんうんと頷く。確かに、人が映っている写真を捨てるというのは、多少の抵抗があるかもしれないと大和も思う。実際、特に深い思い出も無い、修学旅行で撮った何気ない写真ですら捨てられず、押し入れの奥に眠っているのを思い出した。


「じゃあ次行ってみよう!」

「え? まだ撮るの?」

「とりあえず十枚は撮らないとね!」

「え……マジ?」

「さあ行くわよ、師匠!」


 唖然とする大和の手を取って、澄と佳奈美は別のプリクラへと足を進めた。

 その後、二十分ほどで本当に十枚のプリクラを撮影した。中にはツーショットで撮った写真もいくつかある。そして、大和の手には、その十枚のプリクラが積もっていた。


「俺もメールに送ってもらった方がよかったかも……」

「なら師匠! メールアドレス教えてちょうだい! 私から送っておくから!」

「もうシートでもらっちゃたし今更の気もするが……まあ、知っててもらっても困るもんでもないか。こっちから送るぞ」


 自分の携帯を取り出し、赤外線で番号を澄に送る。澄はそれを受け取って、電話帳に登録した。


「みみみ、ようやく大和先輩のメアドゲットだね」

「え、ええ。師匠なんだから、連絡先を知っておくのは普通よね」

「そう言えばそうだったな。まあ、必要かどうかって言われたら多少疑うが」


 そもそも、澄と会う場所はディメンジョンしかない。そして大和も澄も学生のため、ディメンジョンに来られる時間はだいたい決まっている。そのため、時間が合う時は大抵ディメンジョンで会っているのだ。


「ひ、必要よ! 絶対必要!」


 大和の言葉に、澄は慌てて否定する。横からは、澄の合わせる姿を見て、佳奈美がクスクスと笑っていた。そこに遠くから声がかけられる。


「お、こんなところにいたのか。やっと見つけたぜ」

「探しましたわよ」


 そちらを向けば、和馬が千華を伴ってやってきた。最初はWFの周辺を探していたが、いない様子だったため他の場所も探したのだ。


「って、大和やけに疲れてね?」

「そんな状態で大丈夫ですこと? 今日は負けられない試合ですわよ」

「大丈夫だ。少し女子中学生のテンションに当てられただけだから」

「ならいいか。それよりそろそろ行こうぜ。少し早めに着いといた方が良いだろ?」

「そうだな。じゃあ行くか」


 大和の声に、全員が頷きディメンジョンを出た。



 予定通り、約束の十五分前に大和たちは地下ゲームセンターへと到着する。


「相変わらず雰囲気悪いよな」

「でも、一週間そこらで女の子向けの可愛い雰囲気になっててもある意味怖いですよねぇ」

「そりゃそうだけど……まあいいや、とにかく入ろうぜ」


 大和を先頭に、地下への階段を下り、パラダイスの中に入る。するとすぐに一人の男が近づいてきた。


「お前らか? 玲人と試合するってやつら」

「ああ、俺だ。周りはギャラリー」

「了解、こっちだ。玲人の奴、スゲーいい顔して待ってるぜ。あんな顔見たの初めてだ」


 男は楽しそうに大和たちを奥へと誘導する。そこには大勢の人が集まっていた。

 前回来たときも、それなりの人数は集まっていたが、その時より一目で分かるほど増えている。そしてその中心には、目を閉じた玲人がいた。


「玲人、連れてきたぜ」


 ゆっくりと目を開き、大和たちを視界に取らえる。そして、口元がニヤリと笑みを作った。

 玲人が立ち上がれば、その場から大和たちへの観衆が割れ、まっすぐに道ができる。そこを歩きながら、玲人が声をかけて来た。


「待ってたぜ、大和。一日千秋の思いってやつだ。お前のことを考えない日は無かったぐらいだ」

「なんだ、その恋する乙女みたいな表現は。気持ち悪すぎるぞ……」

「ハハ。そうそう、その冷めた突っ込み、懐かしいね。昔からその冷めた言い方で色々言われたもんだ」

「お前が一番バカやってたからな。俺が冷静にならざるを得なかったんだよ。それよりお前の相棒はもう来てるのか?」


 周りを見回しても、それらしき人物は見当たらない。


「おう、もうカプセルに入ってる。あいつ、試合前に集中したいとか言ってカプセル貸し切ってんの。邪魔でしょうがねぇってのにな」

「そりゃまた。じゃあ呼んできてくれよ、そいつがアンティのカード持ってんだろ?」


 本人に直接約束させなければ、安心できない。この試合は、澄の兄のカードを賭けた試合なのだ。もし今そのカードを持っていなかったり、条件がおかしかったりすれば、即座に試合自体を無かったことにするつもりだった。


「おう、誰か圭吾呼んできてくれ」


 その言葉で、ギャラリーの一人がカプセルへと向かい、ノックする。すると中から大柄の男が出てきた。

 茶髪は何本もの三つ編みに纏められ、所々は反り込みにより頭皮が見えている。少しインディアンのようだと大和は思ってしまった。

 圭吾と呼ばれたその男は、玲人のもとまでやってくる。


「来たのか?」

「おう、こいつらだ」

「ほう」

「アンティのルールを確認したい」

「なるほどな。こっちの掛けるカードは前回の試合で手に入れたこのカードで良いんだな?」


 そのカードを大和は澄に確認するよう頼む。澄は恐る恐るといった様子でカードを受け取り確認する。と言っても、表と裏を軽く見るだけだ。そして圭吾にそのカードを返した。


「はい、間違いなくそのカードです」

「ならお前たちが賭けるカードを確認したい。俺の要求は君の持ってるワンオフカード《極限の聖なる領域》だ」

「ええ、分かってるわ。これよね」


 澄は自らのデッキケースから、傷防止用のスリーブに入ったそのカードを見せる。その瞬間、周りにいたギャラリーがざわついた。幻のワンオフカードが目の前に現れれば当然だろう。

 圭吾はそれを受け取り、じっくりと確認する。


「ああ、間違いないな。本物のワンオフカードだ」


 そう言いながら、澄にカードを返した。


「お互いにカードの確認は終わったか? そっちはそのカード使うんだよな?」

「そのつもりよ」

「なら、試合終了まではお互いにカードは自分達で保管だ。いつもは途中で逃げても問題ないように第三者に保管させるんだけどな。まあ、今回は特別だ」

「安心しろ、そんな馬鹿なことはしない。俺の目的はこいつを倒すことだからな」

「イイね、そのむき出しの闘志。んじゃ、いつまでもだべっててもギャラリーがつまらんだろうし、そろそろ試合始めようぜ」


 その瞬間、玲人の笑みが一際獰猛なものに変わる。その雰囲気に、澄たちがたじろぎ、いつも一緒にいるはずの圭吾や周りのギャラリーですら、思わず一歩後ずさった。


「ああ、本気の試合だ」


 それだけ言って大和と玲人はそれぞれ対面のカプセルへと向かう。それに合わせて澄と圭吾はそれぞれのパートナーになるカプセルに入った。



「スゲー気迫」

「こ、怖かった……」

「でも大和は全然怖がっていないようでしたわね。と、言うより大和も同じような雰囲気を纏っていた気がしますわ」


 玲人の気迫を間近で浴びたはずの大和。しかし、その大和だけが唯一いつも通り落ち着いた表情で対応した。しかし、その落ち着いた雰囲気の下に、抑えられないほどの闘志が燃えたぎっているように千華は感じていた。


「やっぱり――あの人が強いからかな?」

「それに昔の友達だからだろ。懐かしい奴が自分と同じぐらい強いなら、それほど楽しいことは無いだろうしな」


 大和の心情を予想して和馬が答える。大和と玲人は、ある意味ライバルと呼ぶに等しい関係なのかもしれない。その事を思えば、大和が闘志を燃やすのも理解できると言うものだ。


「あ、始まるみたいだよ!」


 観覧モニターが大和たちのIDを映し出す。


 プレイヤーネーム・ヤマト

 試合数・6304

 勝率・97%

 プレイヤーネーム・スミ

 試合数・1265

 勝率・65%

 プレイヤーネーム・ゼロ

 試合数・5719

 勝率・97%

 プレイヤーネーム・アームストロング

 試合数・3006

 勝率・68%


 右から大和、澄、玲人、圭吾だ。

 大和の勝率が、試合数が増えているのにもかかわらず変わっていないのは、単に九十七%が頭打ちに等しい数字だからだ。初心者のころは誰だって何度も負けたり引き分けることがある。たとえそれ以降勝利を重ねても、現実的に勝率を九十八%以上にするのは不可能だ。つまり、データ上で見た大和と玲人は全く互角の能力と言うことだ。

 ギャラリーは、玲人以外はあり得ないと思っていたはずの試合数と勝率に、驚きの表情を隠せないでいる。それは和馬たちも同じだった。


「まさか大和と本当に同じレベルの人がいるなんてな」

「これは歴史に残る試合になりかねないですわね」

「カメラもって来ればよかったよ。どこかで録画できないかな?」

「大会でもない限り、モニターの録画なんて無理じゃないか?」


 和馬たちの会話が近くのギャラリーに漏れ、少しずつその話は広がっていく。そして、店にコネのあるギャラリーの一人が、店員と何やら話し始めた。

 そして試合開始直前、モニターの録画が可能だと判明し、即座に録画が行われることになった。観覧モニターの右上に・RECの文字が現れ、録画を開始したと同時に画面が映り代わり、試合開始のカウントダウンが始まった。


 IDを通し、カードをセットする。いつも通りに慣れた手つきで大和はスタンバイをしていった。そしてコントローラーを握り――


「これは」


 握った時の違和感に、思わず声を上げる。そして確認のようにもう一度コントローラーのボタンを押していく。


「やっぱり……澄に伝えとかないと」


 気付いたことを伝えるために、手元のイヤホンマイクをセットする。


「澄、聞こえるか?」

「…………は、はい!」

「緊張してる?」

「だい、大丈夫」


 とても大丈夫そうには思えなかった。とりあえず落ち着けるためにと深呼吸を進め、試合開始まで時間も無いため、手早く伝えなければならないことを話す。


「コントローラーを握った感じに違和感無かったか?」

「そう言えば……なんだからフワッとしてるような」

「それは多分細工されてる。反応が悪くなるようにボタンが潰されてるんだ」

「細工!?」


 WFは専門のスタッフが、定期的にゲーム機を点検して回っている。もしそこでボタンの反応が鈍くなっていたり、遅延が生じるようなことになっていれば、すぐに修理するか、修理不可能な場合は別のパーツと変えたり、一時的に使用不可能になったりもする。その辺りの細かなメンテナンスが、WFの人気を維持し続けるための秘訣でもある。そのため、今のように握っただけで分かるほどボタンが緩くなっていることはまずありえないのだ。そこから考えられるのは一つ。ボタンに細工をされた可能性だ。相手がアンティなんて、規約違反を堂々とやっているぐらいなのだ。それぐらいはやってもおかしくは無い。


「だからいつもの感覚で押すと、反応しなかったり、反応が遅くなったりするはずだ。試合が始まったら、すぐに適当な能力を発動して、ボタンの感覚を確かめろ。それと、もし反応が遅れるようなら、それは慣れるしかない。気持ち早めに、ボタンはいつもより深く押し込むことを意識して動かせ」

「分かりました」


 手早く必要な情報を渡し終ったところで、通話が強制的に切断される。

 WFのタッグ戦では、試合前の時間だけパートナーと会話することが許されているが、試合中は許されない。それは、その場その場の判断を大事にするWFらしい仕様だ。

 パートナーと息を合わせるには、練習して動きだけで次何をしたいのか読むか、前もって膨大な数の予想を立てておかなければならないのだ。

 しかし、一週間みっちりと練習していた二人にそのような余裕は無い。だが大和は、今回に限っては作戦が無い事はさほど支障になるとは思っていなかった。

 それは、先ほどから痛いほど感じる玲人の威圧感。そのカプセルに目を向ければ、玲人はまっすぐに大和を見て、獰猛な笑みを湛えている。

 そんな今の玲人が、タッグ戦だからと言って、パートナーと協力して戦うとは思えなかった。つまり、今回の試合に限って言えば、実質一対一が二組あるような物なのだ。

 ガラス越しに玲人を見ていると、相手からの通話コールが鳴った。許可ボタンを押せば、ヘッドホンから聞こえてくる玲人の声。


「準備できたか?」

「ああ、しかしボタンに細工なんて、くだらないことをする」

「あの野郎、またやりやがったのか」


 大和の言葉に、玲人が小さな舌打ちと共に苛立たしげに応え、カプセルから隣にいる圭吾を睨みつける。その視線を感じ取ったのか、圭吾は簡単に肩をすくめた。


「どうする? 今なら中止も出来るぜ」

「いや、このままで大丈夫だ。こんな小細工でどうにかなるほど軟な鍛え方をしちゃいない」

「そう言うと思ったぜ。なら始めるか」


 画面がヤマトの三人称視点に切り替わる。

 カウントが始まり、数字がゼロへと向かって降下していく。


「さあ、始めよう。俺達だけの戦争ゲームを」


 大和はいつものつぶやきで、自分の中の意識をゲームへと埋没させた。


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