↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/68

第39話 外れが、勇者に勝つ日

 三対四。


 数字だけなら、こっちが有利だ。でも、向こうの三人は、【勇者】のSランクと、【怪力】と【俊足】のAランク。こっちの四人は、Eが三人とFが一人。しかも、全員が、さっきの吹雪で体の芯まで冷えきっている。


 有利なんて、どこにもない。


「犬飼。お前の母ちゃんから、差し入れだ」


 再開までの十五分。陣地の岩陰で休んでいた俺たちのところに、灰原先生が大きな紙袋をぶら下げてやってきた。


「さっき、校庭まで届けに来たらしい。……あと、これ。学校の予備の盾だ。ボロいけど、ないよりマシだろ」


「母ちゃん……!」


 大河は紙袋を受け取るなり、中身を確かめもせずにおにぎりを取りだして、かぶりついた。一個。二個。三個。


「味わえよ」


「ふぁひわっへる!」


「飲みこんでから喋れ」


 七個目を食べ終えたところで、大河は、ぷはあっと息を吐いた。顔に、ようやく血の色が戻っていた。


「……よし。溜まった」


 灰原先生は、それを見届けてから、俺のほうを向いた。


「真白」


「はい」


「さっきの、鷹宮のやつ。……あとで、ゆっくり聞かせろ」


 キャンディの包みを、指先でほどく。先生の手が、ほんのわずかに震えているように見えた。


「今は、勝ってこい」




◇ ◇ ◇




『――試合、再開!』


 審判の声と同時に、俺は作戦を口にした。


「御堂は、たぶん俺を狙ってくる。指示を出してるのが俺だって、向こうもわかってる。権藤と細川は、こっちの旗に来る」


「オレが権藤だな」


「ああ。小日向は、細川」


「は、はいっ……! 足の速い人、こわいですけど……!」


「速くても、来る場所がわかれば、当てられる。お前ならできる」


 小日向が、ぎゅっと短弓を握りしめて、うなずいた。


「水無瀬は、俺と来てくれ。……向こうの旗を、取りにいく」


 水無瀬が、こくりとうなずいた。フードの中で、ルルが〈行け、湊〉と小さく鳴いた。


〈侵入者、確認。東、三。……二、こちらへ。一、動かず〉


 氷が消えて、空洞にはまた、洞蝙蝠たちが戻ってきていた。その声が教えてくれる。二人がこっちに来て、一人が向こうに残っている。


 動かない一人。


 ――御堂は、旗を守っている。




 石の森を抜けた先、東の陣地の手前で、御堂が待っていた。


 剣を抜いている。【勇者】の光が、剣と体を、金色に包んでいた。


「来たか、翻訳野郎」


 御堂の声は、低かった。


「お前さえ潰せば、終わりだ」


 背後で、轟音が響いた。


「【蓄積】――解放ッ!」


「ぐおおっ!?」


 大河と権藤が、正面からぶつかったのだ。続けて、小日向の悲鳴。


「ひゃっ! 【先触れ】……来ます! 後ろ――じゃなくて、右っ!」


 空を切る矢の音。それから、細川の「うわっ!?」という声。


 振り返る余裕はなかった。


 御堂が、踏みこんできた。


 速い。


 金色の剣が、空気を裂いて迫ってくる。俺は、ほとんど勘だけで横に跳んだ。剣が、さっきまで俺の肩があった空間を通り過ぎていく。


 人間は、迷宮語を話さない。


 だから、御堂の予告は聞こえない。影みたいに、〈右から斬る〉なんて親切に教えてはくれない。


「逃げ回ってんじゃねえ!」


 二撃目。灰原先生の短剣を抜いて、刃の背を、金色の剣にかすらせる。受けない。流す。腕がびりびりと痺れたけれど、剣の軌道は、俺の体から少しだけ逸れた。


 三撃目、四撃目。俺は、下がりながら、必死に流し続けた。


「外れ風情が!」


 御堂が叫んだ。


 その直後、剣が、大きく振りかぶられた。


 俺は、反射的に左に転がっていた。金色の刃が、石筍の一本を、根元から斬り飛ばす。


 ――今の。


「お前みたいな外れがいるから……!」


 叫ぶ。振りかぶる。大振りの一撃。俺は、身をかがめる。剣が、頭の上を通り過ぎていく。


 ……そうか。


 わかった。


 御堂は、叫んでから、斬っている。


 「外れ風情が」と言った直後に、一番大きな一撃が来る。言葉が荒くなればなるほど、剣が大きく、まっすぐになる。まるで、自分の言葉に、背中を押されているみたいに。


 影は、命令文で動く。


 御堂は――たぶん、怖さで動いている。


 「外れ風情が」。その言葉の裏側にあるものを、俺は、なんとなく知っていた。合同踏破の日、五層のボス部屋で、剣を取り落としたまま動けなくなっていた御堂。さっき、吹雪の中で、「止めるな」と悲鳴みたいに叫んでいた御堂。


 訳すなら、こうだ。


 ――負けたくない。


 ――負けたら、俺には何も残らない。


 ――怖い。


「御堂」


 俺は、短剣を構えたまま、言った。


「お前、怖いんだろ」


 御堂の顔が、凍りついた。


 次の瞬間、真っ赤に染まった。


「――ふざけんなッ!」


 来る。叫んだ直後。まっすぐ、上から。


 俺は、半歩だけ右にずれた。金色の剣が、俺の左肩の横を、紙一重で通り過ぎていく。風圧だけで、探索服の袖が裂けた。


 でも、当たらなかった。


「……っ、なんで、当たらねえ……!」


 御堂の息が、荒い。剣の光は、まだ強い。【勇者】のSランクは、伊達じゃない。このまま流し続けても、いつかは捕まる。俺の腕も、もう限界に近かった。


 だから。


「水無瀬!」


 石の森の陰で、水無瀬が、うなずいた。


「この辺り、全部――静かにしてくれ!」


 水無瀬が、目を閉じた。


〈しずかに、ねむれ、かぜよ、ねむれ〉


 澄んだ歌が、空洞に広がっていく。


 空気が、すうっと静かになった。肌にまとわりついていた、ざわざわした感じが、凪いでいく。迷宮の空気そのものが、深く息を吐いて、眠りにつくみたいに。


 そのとき、俺は見た。


 御堂の体を包んでいた金色の光が――揺らいだ。


 ろうそくの炎が、風もないのに、ふっと細くなるみたいに。ほんの一瞬だけ、光が弱まった。


「……っ!? なんだ、力が――」


 御堂の剣が、目に見えて遅くなった。


 御堂自身が、一番驚いた顔をしていた。自分の手を見下ろして、何が起きたのかわからない、という顔で。


 ……なんだ、今の。


 水無瀬の歌は、荒ぶるものを鎮める。でも、今、歌が鎮めたのは、御堂じゃなくて、この場所の空気のほうだった。それなのに、御堂の光が弱まった。


 まるで、周りの何かを吸いこんで光っていたものが、その「何か」ごと、静まってしまったみたいに。


 考えるのは、あとだ。


 俺は、地面を蹴った。


 御堂の脇を、すり抜ける。御堂が振り向く。剣が、追ってくる。でも、さっきまでの速さはない。


 東の陣地の奥。台座の上に、青い旗が立っている。


 あと、五歩。三歩。


 背中に、御堂の気配が迫る。


「待て――!」


 俺は、旗の柄をつかんだ。


 引き抜いた。


『――決着!』


 天井から、審判の声が響いた。


『勝者、ルビ! 新人戦、優勝は――五組、ルビです!』




 その瞬間、何が聞こえたのか、よく覚えていない。


 空洞の向こうから、大河の雄叫びが聞こえた気がする。小日向の泣き声も。地上の校庭から、天井を突き抜けて、歓声が届いたような気もした。そんなはずはないのに。


 あとで聞いた話だと、ちょうど同じころ、大河は権藤を正面から押し倒していて、小日向の矢は、五秒先に走りこんでくる細川の胸の符に、吸いこまれるように当たっていたらしい。二人とも、自分の相手に、ちゃんと勝っていたのだ。


 水無瀬が、石の森の陰から駆けてきた。スケッチブックを広げる暇もなかったのか、ただ、両手で俺の袖をぎゅっとつかんで、何度も何度もうなずいた。


〈……湊。勝ったぞ。勝ったのだぞ〉


 フードの中で、ルルが、ぽんぽん跳ねていた。


 俺は、旗を握ったまま、振り返った。


 御堂が、立ちつくしていた。


 金色の光は、もう消えていた。剣を下ろしたまま、俺の手の中の旗を、じっと見ている。その顔は、怒っているようにも、泣きだしそうにも見えた。


「……ありえない」


 かすれた声が、こぼれた。


「外れどもに」




◇ ◇ ◇




 校舎の一階の医務室には、小さなモニターが一台だけ置かれていた。


 白いカーテンで仕切られたベッドの上で、鷹宮凛は、毛布にくるまったまま、その画面を見つめていた。


 画面の中では、旗を握った五組の男子が、泣きじゃくる小柄な女子と、雄叫びを上げる大柄な男子と、スケッチブックを抱えた女子にもみくちゃにされていた。その男子のフードから、白い毛玉が、ちらりと顔をのぞかせている。


「……鷹宮さん、まだ寝てなきゃだめよ」


 カーテンの向こうから、養護教諭の春日が声をかけた。


「……はい」


 凛は、返事だけして、画面から目を離さなかった。


 毛布の下で、指先を、そっと握る。


 まだ、少し冷たい。でも、さっきまでの、何も感じない冷たさではなかった。握った指の中に、誰かの手の温度が、まだかすかに残っている気がした。


 画面の中で、五組の男子が、困ったような顔で、仲間たちに揉まれている。


 凛の口元が、ほんの少しだけ、ゆるんだ。


 それは、彼女が自分でも忘れかけていた――小さな、小さな、笑顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。