↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/68

第27話 小日向家は今日もにぎやか

「わーっ! でっかい人だ!」


「でっかい! でっかい! すげー!」


 玄関の扉が開いた瞬間、小さな男の子が二人、弾丸みたいに飛び出してきて、大河の両足にしがみついた。


「うおっ!? な、なんだなんだ!?」


「のぼっていい!?」


「いいって言ってないのに、もうのぼってる!」


 あっという間に、大河の背中と肩に一人ずつ男の子がよじ登っていた。そっくりな顔が二つ、大河の頭の上で「たかーい!」と歓声を上げる。双子だ。


「ゆ、悠斗! 隼斗! お客さんなんだから、下りなさいっ!」


 玄関の奥から、エプロン姿の小日向が転がるように出てきた。いつもの、教室で縮こまっている小日向とは、声の大きさが三倍くらい違った。


「ご、ごめんなさい! うち、いつもこうで……!」


「いや、いいって! オレ、こういうの慣れてっから!」


 大河は双子を肩に乗せたまま、にかっと笑った。……慣れているらしい。まあ、こいつなら木登り用の木と思われても仕方がない。




 六月最初の土曜日。中間テストの勉強会、という名目で、俺たちは小日向の家に来ていた。


 駅から少し歩いたところにある、古い二階建ての一軒家だ。小日向家は六人きょうだいで、小日向はその長女。両親は共働きで、土曜日も二人とも仕事なのだという。


「というわけで、今日はわたしが、みんなのお世話係なんです……」


 居間のちゃぶ台を囲んで、小日向はぺこりと頭を下げた。その周りを、小さな頭がぐるりと取り囲んでいる。


「長男の颯真、小六です。双子の悠斗と隼斗が小二。妹のなずなが小四で、いちばん下の芽衣が四歳です」


「よろしくお願いしまーす」


「ねーちゃんの友達? ねーちゃん、友達いたんだ」


「颯真っ!」


 小六の颯真が、にやにやしながら俺と大河を見比べていた。明らかに、いたずらを考えている顔だった。


 水無瀬は、ちゃぶ台の端で、スケッチブックを抱えて小さくなっていた。知らない子どもに囲まれて、少し緊張しているみたいだ。


 その水無瀬の袖を、小さな手がくいくいと引いた。小四のなずなだった。


「おねえさん、それ、なに描いてるの?」


 水無瀬は少し迷ってから、スケッチブックを開いて見せた。迷宮の絵。それから、ページの隅に描いてあった、白い毛玉の落書き。


「……かわいい!」


 なずなの目が、きらきらと輝いた。


「ねえ、ねこ描ける? うさぎは? おひめさまは?」


 水無瀬は、ぱちぱちとまばたきをした。それから、新しいページを開いて、ペンを走らせはじめた。


 三十秒後。ページの上に、ドレスを着た猫のお姫様が現れていた。


「すごーい!」


「めいも! めいもかいて!」


 四歳の芽衣まで飛んできた。水無瀬は、前髪の奥で嬉しそうに目を細めると、次々に絵を描いていった。うさぎの騎士。くまのお医者さん。ひよこのお姫様。


 十分もしないうちに、水無瀬の周りには小さな人だかりができていた。……完全に、人気を持っていかれた。


「なあ湊、オレら、勉強しに来たんだよな?」


 双子を膝に乗せたまま、大河がつぶやいた。


「……一応な」




 結論から言うと、勉強はほとんど進まなかった。


 俺が英語の教科書を開けば、双子が教科書の上に寝転がる。大河が数学のプリントを広げれば、芽衣がそこにクレヨンでチューリップを描く。小日向は、そのたびに「こらっ」と立ち上がって、また座る。


 そこで俺は、一つ提案をした。


「小日向。勉強は諦めて、特訓にしないか」


「と、特訓、ですか?」


「先触れの」


 俺は、居間の隅でこそこそ何かを準備している颯真をちらりと見た。


「颯真たちのいたずらを、全部先に当てられるか。危ないことが起きる前に、ぞわっとするんだろ? だったら、いたずらにも反応するはずだ」


「そ、そうかも……しれません」


 小日向は、自分の胸に手を当てた。合同踏破のあと、彼女の【先触れ】は、迷宮の外でも働くようになっていた。階段から落ちそうな弟を、落ちる前につかまえたこともあるらしい。


「俺が時計で計る。小日向が叫んでから、何秒でいたずらが来るか」


「は、はいっ……やってみます」


 颯真は、話を聞いていたらしい。にやりと笑って、親指を立てた。


「ねーちゃん、当てられるもんなら当ててみろよ」


 ――勝負が始まった。


「ひゃっ! ……颯真、ふすまの裏!」


 三秒後、ふすまの陰から水鉄砲がぴゅっと飛び出した。小日向はひょいと首を傾けて、それを避けた。


「くそっ! 次!」


「ひゃっ! ……悠斗、隼斗、上!」


 四秒後、階段の上から、双子がクッションを二つ落としてきた。小日向は一歩下がって、クッションは畳の上にぽふんと落ちた。


「ひゃっ! ……そこの、筆箱っ!」


 五秒後。大河が何気なく筆箱を開けると、中からゴムのヘビがびよんと飛び出した。


「うわあああっ!?」


 悲鳴を上げたのは、大河だった。


「……な、なんでオレ!?」


「当たったのは小日向の予感で、引っかかったのはお前だな」


「先に言えよ!」


「言ってました、わたし……」


 小日向が申し訳なさそうに手を挙げ、颯真が畳の上を転げまわって笑っていた。


 俺は、腕時計を見つめていた。


 三秒。四秒。五秒。


 ――伸びている。


 入学したころの小日向の悲鳴は、危険の一、二秒前だった。それが今は、五秒先まで届いている。いたずらという小さな「危険」を相手に、彼女の【先触れ】は、少しずつ遠くまで見えるようになっていた。


「小日向。今の、五秒前だった」


「え……?」


「お前の予感。前より、ずっと早くなってる」


 小日向は、ぽかんと口を開けた。それから、自分の手のひらを見つめて、小さく笑った。


「……ほんとだ。なんか、さっきから、ぞわってするのが、ちょっとだけ遠くから来る感じ、します」




 昼ごはんは、小日向が作ってくれた。


 大鍋いっぱいのカレーだった。六人きょうだいの家の鍋は、うちのばあちゃんの鍋の三倍くらい大きい。


「お、おかわり、たくさんありますから」


「マジで!? いただきます!」


 大河は、本当にたくさんおかわりした。一杯、二杯、三杯。双子が「でっかい人、まだ食べてる!」「すげー!」と囃し立てる。四杯目で、颯真まで尊敬の目を向けはじめた。


「うめえ! ひより、これ、店で出せるぜ!」


「そ、そんな……ふつうのカレーです」


 そう言いながら、小日向は大河の皿が空になるたび、いそいそと鍋のほうへ立っていった。


 俺は、何気なく小日向の顔を見た。


 大河がスプーンを口に運ぶのを、小日向は、じっと見ていた。頬が、ほんのり赤い。口元が、とても嬉しそうにゆるんでいる。教室で見る、いつも何かに怯えている顔とは、まるで別人だった。


 ……ああ、そういうことか。


 俺は、何も言わなかった。言わないほうがいいこともある。こういうのは、横から誰かが訳してしまったら、たぶん台無しになる。


〈ほう。小さいのは、大きいのが食べるのを見るのが好きなのだな〉


 ――と思っていたら、フードの中から、訳してしまう奴が出てきた。


「……黙ってろ」


〈なぜだ。我は事実を言ったまでだ〉


「事実だから黙ってろ」


 小声で言い合っていると、芽衣が俺の背中によじ登ってきた。そして、フードの中をのぞきこんだ。


「……けだま?」


 まずい。


〈む。なんだ、この小さき者の、さらに小さき者は〉


「けだまー!」


 芽衣が、両手でルルをむんずとつかんで、ぎゅうっと抱きしめた。


〈は、離せ! 我を誰と心得る! ぐ、ぐるしい……!〉


「ぬ、ぬいぐるみです! 真白くんの、ぬいぐるみですっ!」


 小日向が、とっさに叫んだ。


「ぬいぐるみ、うごいてる!」


「さ、最近のぬいぐるみは、動くんです!」


 苦しすぎる言い訳だった。でも、四歳には通じたらしい。芽衣は「すごーい」とルルに頬ずりして、ルルは〈きゅい……〉と力なく鳴いた。……今のは、本当に「きゅい」だったと思う。


 水無瀬が、なずなと一緒にお腹を抱えて笑っていた。声は出ていない。でも、肩がずっと震えていた。




◇ ◇ ◇




 夕方、小日向は、駅へ向かう角まで俺たちを見送りに来てくれた。


 背中のほうから、まだ双子の「でっかい人、またきてねー!」という声が聞こえる。大河は、振り返って大きく手を振った。


「なんか、楽しかったな! 勉強はしてねえけど!」


「中間、大丈夫か、お前」


「……明日から本気出す」


 水無瀬が、スケッチブックをこちらに向けた。


『ひよりちゃんの家、あったかかった』


 その横には、カレーの鍋と、大河の肩に乗った双子と、芽衣に抱きしめられたルルの絵が、小さく描いてあった。ルルの目が、ぐるぐるになっている。


「あの……」


 角のところで、小日向が立ち止まった。


 エプロンの裾を、両手でぎゅっと握っている。夕日に照らされた顔は、少し緊張していた。


「わたし、ずっと、怖がりなだけだと思ってたんです。家でも、学校でも、ひゃって言ってばっかりで。お姉ちゃんなのに、弟たちより怖がりで」


 俺たちは、黙って続きを待った。


「でも、真白くんが、怖いって感じるのがわたしのスキルだって言ってくれて。大河くんも、雫ちゃんも、それでいいって言ってくれて」


 小日向は、顔を上げた。


 大きな目が、少しうるんでいた。でも、今日のそれは、怖くて泣きそうな目じゃなかった。


「だから、わたし、新人戦で――ちゃんと、役に立ちたいです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。