第21話 パーティを組もうぜ
「ねえ聞いた? 五組の班が、勇者様を助けたって」
「聞いた聞いた。でも、まぐれでしょ」
「てか逆じゃね? 発表だと、一組が異常個体に遭って、五組は『協力』しただけって――」
連休明けの月曜日。昇降口から教室までの短い廊下で、同じ話を三回聞いた。
新入生合同踏破から、そろそろ二週間になる。
あの日、霞ヶ丘迷宮の五層で、俺たちは白黒の砂嵐みたいな魔物と戦った。鳴き声も、予告も、分厚い雑音の底に埋もれていた。声のない石の巨人。学校の公式発表は「一組の班が異常個体に遭遇し、居合わせた五組の班が救助に協力した」というものだった。
協力。便利な言葉だと思う。
……まあ、それでいい。
目立つのは苦手だ。というより、目立つとろくなことがない。Fランクの【翻訳】が勇者様を助けた、なんて話が本気で広まったら、次に来る質問は決まっている。「どうやって?」だ。そして俺には、その答えを誰かに説明するつもりがなかった。
〈ふん。湊よ、なぜ胸を張らぬ。お前はあの金色のより、よほど働いたではないか〉
パーカーのフードの中で、白い毛玉がもぞもぞと動いた。
「……学校では静かにしてろって言っただろ」
〈我の声は、お前以外には『きゅい』としか聞こえぬ。問題あるまい〉
「その『きゅい』が問題なんだよ」
すれ違った女子が、今の何? という顔で振り返った。俺は咳払いでごまかした。
「みーなーとー!」
廊下の向こうから、巨体が手を振りながら走ってくる。すれ違う生徒たちが、大型トラックに道を譲るみたいに左右へよけていく。
「大河。廊下は走るな」
「なあ、正式にパーティ組もうぜ!」
挨拶より先に本題が来た。
「……パーティ?」
「おう! オレら四人でさ。ちゃんと登録すりゃ、放課後も迷宮に潜れるんだろ? 実習の日しか潜れねえの、もったいねえじゃん!」
大河の目は、遠足前の小学生みたいに輝いていた。
確かに、霞高の規則では、生徒はパーティを「部活」として登録すれば、顧問の許可のもとで放課後に学内迷宮を探索できる。上限は六人。俺たちは四人だから、人数は問題ない。
問題は、ほかのところにある。
「パーティ登録って、部活登録だぞ。顧問がいる」
「おう」
「部室もいる」
「おう」
「あと、たぶん、めちゃくちゃ目立つ」
「おう!」
「最後のは『おう』じゃないんだよ」
大河は、がははと笑った。こいつに目立つのが嫌だという感覚は、たぶん最初から入っていない。
〈よいではないか。我も、もっと迷宮に行きたい〉
フードの中からも賛成票が入った。……多数決だと、俺の負けだ。
昼休み。
いつもの四人で机をくっつけると、大河が改めて作戦を説明した。説明というか、ほとんど「組もうぜ」を言い換えただけだったけれど。
「わ、わたしも、いいと思います」
小日向が、膝の上でお弁当箱を握りしめながら言った。
「その、四人でいると……ちょっとだけ、怖くないので」
「だろ! ひよりもそう思うよな!」
「は、はいっ。……た、大河、くん」
小日向の声が、最後のほうで急にしぼんだ。
名前を呼ばれた大河は、「おう!」とだけ返して、三つ目の弁当の蓋を開けている。何も気づいていない。小日向は真っ赤になって、卵焼きを箸でつつきながらうつむいた。
……合同踏破の翌日、帰り道でうっかり「ひより」と呼んで以来、大河はずっとそう呼んでいる。小日向のほうは、どうやら、呼び返す練習をしていたらしい。
俺は、何も見なかったことにした。こういうのは、横から口を出すとろくなことにならない。たぶん。
水無瀬が、スケッチブックにさらさらとペンを走らせて、くるりとこちらに向けた。
『わたしも、さんせい』
その下に、少し小さな字で。
『犬飼くんと、真白くんと、ひよりちゃんとなら』
字の横には、フードから顔を出した毛玉の落書きが添えてあった。目が点で、妙に偉そうな顔をしている。似すぎていて、ちょっと笑った。
〈おお、歌の娘は我をよく見ておるな。褒めてつかわす〉
「……きゅい、って言ってる」
俺がそう伝えると、水無瀬は前髪の奥で小さく笑った。
「で、名前はどうすんだ? 部活名!」
「それなんだけど」
俺は、朝から考えていたことを口にした。
「『迷宮言語研究会』ってのはどうだ」
三人が、同時に首をかしげた。
「パーティって正面から名乗ると、迷宮探索部とか、そういう名前になるだろ。そうすると、どこの班だ、何ができる、って目をつけられる。研究会にしておけば、地味だ。誰も気にしない」
「なるほど……地味」
小日向が、なぜか感心したようにうなずいた。
「迷宮言語研究会かあ。……略して、迷言研だな!」
大河が、得意げに指を鳴らした。
「……迷言って、名言の反対みたいな意味だぞ」
「え、そうなの?」
「ぴったり、かも……」
小日向がぽつりと言い、水無瀬がこくこくと二回うなずいた。
……いや、否定してくれ。
放課後、職員室の隅の席で、灰原先生は書類の山に埋もれていた。
口には、いつもの棒付きキャンディ。俺たちが顧問を頼むと、先生は棒を口の端で一回転させて、天井をあおいだ。
「あー……めんどくせえ」
四人そろって、肩が落ちかける。
「……けど、いいぞ」
「いいんですか!?」
「顧問の判子を押すだけなら、めんどくささは最小限だからな」
先生は、本当に判子だけ押して、書類をこっちに滑らせた。それから、ついでのように付け足した。
「部室なら、旧校舎の二階に空き部屋がある。旧資料室だ。誰も使ってねえ。掃除は自分らでやれ」
ちらり、と先生の目が俺のフードに向いた。
「……あと、人目がねえからな。いろいろ、都合がいいだろ」
俺は黙って頭を下げた。この先生は、見なかったことにするのが本当にうまい。
◇ ◇ ◇
旧資料室の扉を開けた瞬間、四人そろって咳きこんだ。
「げほっ……な、何だここ!」
「ほ、ほこりが……空気が、白いです……」
窓から差しこむ西日の中で、埃がきらきらと舞っていた。壁一面の棚に、背表紙の色が抜けたファイルや、紐で縛られた紙束がぎっしり詰まっている。奥の古い長机には、黄ばんだ地図が広げっぱなしになっていた。
近づいてみると、霞ヶ丘迷宮の地図だった。日付は、二十年近く前。手書きの書きこみがたくさんある。まだ迷宮のことが、今よりずっとわからなかった頃のものだ。
「よーし、やるか!」
大河が腕まくりをして、いちばん重そうな棚に手をかけた。水無瀬はいつの間にか、全員分の三角巾を用意していた。それぞれの三角巾の端に、ペンで小さな絵が描いてある。大河のはおにぎり。小日向のはひよこ。俺のは、なぜか辞書だった。
「……よくわかってるな」
水無瀬は、得意そうに胸を張った。
掃除は、思ったより大仕事になった。
大河が棚を運ぶ。小日向が雑巾がけをする。水無瀬が窓を拭く。俺はファイルを仕分ける。いらない紙を捨てようとして、気づけば中身を読みふけってしまい、三回くらい「手が止まってる」と小日向に注意された。
「ひゃっ!」
突然、小日向が悲鳴を上げた。
次の瞬間、大河の頭の上の棚から、ファイルの束がどさどさと雪崩れ落ちた。
「うおっ!?」
――小日向が叫んでから、ちょうど三秒後。
大河は、悲鳴のおかげで反射的に一歩下がっていた。ファイルは、さっきまで大河が立っていた場所に積み上がっている。
「……先触れ、便利だな」
「べ、便利、なんでしょうか……心臓に悪いです……」
小日向は胸を押さえてへたりこんだ。【先触れ】の真名を知ってから、彼女の「嫌な予感」は、前よりはっきりしてきたらしい。
そのとき、棚の隙間から、何かがころりと転がり出てきた。
灰色の、毛玉だった。
〈げほっ、げほっ……湊! なんだここは! 我の毛が! 我の白き毛並みが!〉
ルルだった。
いつの間にかフードを抜け出して、棚の奥を探検していたらしい。真っ白だった体が、埃を吸ってすっかりくすんでいる。
「あ、ルル! ……うわ、ルルが灰原先生みたいな色になってる!」
〈あの飴の男と一緒にするな!〉
大河の感想に、ルルがぷんすかと跳ねた。もちろん、大河には「きゅいー!」としか聞こえていない。
「……一緒にするな、だってさ」
「なんでだよ、似てるじゃん。灰色だし、なんかくたびれてるし」
〈くたびれてはおらぬ!〉
水無瀬が、肩を震わせて笑いをこらえている。小日向は「か、かわいそう……」と言いながら、ハンカチでルルの埃をはたいてやった。
結局、ルルはバケツの水で丸洗いされることになった。洗い終わると、ふわふわの白い毛玉が、窓辺で偉そうに日向ぼっこを始めた。
〈ふむ。……掃除の済んだこの部屋、悪くない。湊、ここを我の城とする〉
「部室だよ。部活の」
〈城だ〉
……まあ、いいけど。
日が暮れるころには、旧資料室は見違えるほどきれいになっていた。
棚は壁際にそろえて、奥の長机を部屋の真ん中まで引っぱり出した。窓際には、背もたれのきしむ椅子を一つ。俺の席だ、と勝手に決めた。古い地図は、捨てるのがもったいなくて壁に貼った。窓を開けると、中庭の木の、若い葉っぱの匂いがする。
「よし。じゃあ、書類書こうぜ!」
大河が、灰原先生の判子つきの用紙を机に広げた。
部活名。迷宮言語研究会。
顧問。灰原透。
部室。旧校舎二階、旧資料室。
部員。真白湊、犬飼大河、小日向ひより、水無瀬雫。
一つずつ埋まっていく欄を、四人で頭を寄せて見つめる。なんだか、少しだけくすぐったい。
そして、用紙のいちばん下。
『パーティ名』
大河のペンが、そこでぴたりと止まった。
「……そういや、これ、どうする?」
誰も、何も言わなかった。
小日向が俺を見た。水無瀬も俺を見た。大河も俺を見た。窓辺のルルまで、黒い目をこっちに向けている。
「……俺に決めさせるなよ」
部活名は地味でいい。でも、パーティ名は――たぶん、これからずっと、俺たちが名乗る名前になる。
一生ついて回って、他人からはその名前で呼ばれる。
そう思うと、急に、簡単には書けなくなった。
夕焼けの差しこむ部室で、用紙のいちばん下に、空欄が一つだけ残っていた。




