第八話 天高く葵肥ゆる秋?
新学期が始まってしばらく経った、ある秋晴れの日曜日。
俺——榛名陸は、リビングのソファで部活動の資料に目を通していた。
「……うーん、次は葵のところか」
部活動で元気に体操服を着こなしている義妹・葵だが、最近どうも「ある悩み」を抱えているらしい。
そんなことを考えていると、廊下からパタパタと勢いよく足音が響き、リビングのドアがバンと開いた。
「陸兄ちゃーーん!! 助けて!! 大事態だよーーっ!!」
飛び込んできた葵は、半袖のTシャツにジャージの短パン姿。
いつもならそのまま俺にダイレクトアタックをかましてくる勢いなのだが、今日はなぜか胸元を両手でギュッと押さえ、涙目になりながらプルプルと震えている。
「ど、どうした葵!? どこか怪我でもしたのか!?」
「違うの! これ見てよ! 今朝、学校指定の制服着ようとしたら……一番上のボタンは留まるのに、胸のところのボタンがパツパツで弾け飛びそうなの! っていうか、実際一個弾け飛んだのーーっ!!」
「弾け飛んだ!?」
俺は思わず持っていた資料を落としかけた。
見れば、今着ているTシャツも胸元がパンパンに張っており、生地が引きちぎれんばかりの勢いで強調されている。
葵は元々、姉の結衣よりも小柄な低身長でありながら、スポーツで引き締まったメリハリのある抜群のプロポーションの持ち主だ。それがここ最近、さらに輪をかけて「グラマー」へと急成長を遂げていたらしい。
「おかしいよぉ……っ! 夏休みが終わってから、胸のあたりだけすっごくパツパツになってきて……! なのにっ、なのに昨日の身体測定で身長測ったら、1ミリも伸びてなかったんだよーーーっ! 結衣姉より低いのそのままなの!!」
「身長はそのままなのか……」
「そうなの! なんで背は伸びないのに、ここだけ育っちゃうの!? あたし、全体的にシュッとしたモデル体系になりたいのにぃぃぃ!」
葵はドスドスと地団駄を踏みながら、そのまま俺の膝の上にドスンと座り込んできた。
……いや、座り込んできたというか、両腕で俺の首に抱きついて泣きついてきたのだ。
「うわっ……葵! 近いって! パツパツなのが直で当たって……感触がヤバいから離れろ!!」
「ヤダぁ〜! 陸兄ちゃん慰めてよ〜! 身長伸びないのに胸だけ育つとか、ただの幼児体系のバカップ(?)じゃん〜〜!」
「バカップって言うな! 落ち着けって!」
急成長した葵の豊満な胸元が、俺の胸板に押し付けられ、俺の理性は一瞬で限界値を突破しそうになる。思春期特有の柔らかい体温と汗の甘い香りが頭をクラクラさせる。
と、そこへ——。
「……葵。朝から何を騒いでいるのですか」
静かな足音と共に、結衣がリビングに入ってきた。
ポーカーフェイスのまま、俺に抱きつく葵と真っ赤になって固まっている俺をジロジロと見つめる。
「……陸兄さん。朝から葵の豊満な肉体を堪能しているのですか。破廉恥です」
「誤解だ結衣! 葵が勝手に抱きついてきてだな……!」
「結衣姉ぇぇぇ! 聞いてよ! あたし、身長伸びなかったのに胸だけ大きくなったの! 制服のボタン弾け飛んだの!」
葵が半泣きで訴えると、結衣の動きがピタリと止まった。
ポーカーフェイスのままだが、その瞳がすーっと細くなり、葵の胸元へと注がれる。
結衣自身は小柄で華奢なスレンダー体型だ。どこか諦めと、密かなコンプレックス、そして猛烈な嫉妬が混ざり合ったような複雑なジト目が葵に突き刺さる。
「……自慢ですか。嫌味ですか。宣戦布告ですか」
「ちがうよぉぉ! 切実な悩みなんだってばぁ!」
「……私からすれば、贅沢すぎる悩みです。私の成長分まで葵が吸い取っているとしか思えません」
「そんな吸い取るシステムないでしょ!?」
バチバチと火花を散らす義妹二人。
俺の膝の上で暴れる葵のグラマーな身体と、横から冷たい視線を送りつつ、ちゃっかり俺の服の裾をキュッと引っ張って牽制してくる結衣。俺の身体は右と左で全く違う意味の熱量に挟まれていた。
ピンポーン! ピンポンピンポン!
「陸ー! 葵ちゃーん! 登校の時間よ……って、ちょっとおぉぉぉーーーっ!?」
そこへ、鞄を抱えた凛が玄関から飛び込んできた。
リビングの惨状——俺の膝の上でパツパツのTシャツ姿で抱きつく葵と、それに嫉妬してぴったりくっつく結衣、そして魂が抜けかけた俺——を目撃した瞬間、凛の顔はリンゴのように真っ赤に染まった。
「あ、葵ちゃん!? な、なんでそんな破廉恥な格好で陸に抱きついてるのよーっ!?」
「凛先輩聞いてー! あたしの制服のボタンが弾け飛んで……っ!」
「は、弾け飛んだぁぁ!?」
凛の視線が葵の胸元に注がれ、続いて自分の胸元へと落ちる。
凛も十分スタイルが良い方だが、葵の怒涛の「低身長グラマー」な破壊力には目を見張るものがある。
「〜〜〜〜っっ!? な、何よその成長期! 反則でしょそんなの!! 陸、あんたも鼻の下伸ばして抱き留めてんじゃないわよーーーっ!!」
「だから伸ばしてねえって言ってるだろ! 助けてくれよ!!」
「……凛先輩。声が大きいです。それより葵、早く予備のブラウスに着替えなさい。陸兄さんの理性が崩壊しかけています」
「ううう……はーい……。陸兄ちゃん、後でボタン付けてね……」
不満そうに胸を押さえながら、トボトボと部屋へ着替えに戻っていく葵。
去り際の後ろ姿も、相変わらず小柄なのにどこか色っぽく、俺は思わず遠い目をして深く息を吐き出した。
(身長は伸びないのに、魅力と破壊力だけが加速度的に増していくとか……どんなトラップだよ……)
「……陸。あんた、放課後私と買い出し行くわよ。葵ちゃんの大きいサイズのブラウス、一緒に選びに行くんだからね! 変な目で見たら承知しないんだからっ!」
「はいはい、分かりましたよ……」
真っ赤な顔で強がる幼馴染と、静かに独占欲を燃やす姉、そして無自覚に色気を振りまく低身長グラマーな妹。
秋の気配が近づく中でも、我が家の甘く危険なハプニングは、少しも治まる気配がないのだった。




