第四話 日常
「ただいまー!」
「……帰りました」
買い出しから戻り、鍵を開けてリビングへ入る。この前のスーパーマーケットの出来事から、凛が当たり前のように袖をまくって俺の隣に並んだ。
「よーし! 陸、私は何手伝えばいい!? 味付けでも包丁でもなんでも任せて!」
「あ、ああ……サンキュ。じゃあ凛は野菜の下処理頼むわ。結衣は……」
「……私は、お米研ぎます」
ポーカーフェイスの結衣が静かに炊飯器の釜を取り出し、手際よく米を研ぎ始める。
その横で凛が「ふふん、私の包丁さばき見せてあげるんだから!」と意気揚々とナスを切り始めたのだが——
「あ、凛先輩。そのナスの切り方、大きすぎて火が通りにくいです」
「〜〜〜っ!? い、いいのよ! 肉豆腐の汁が染み込んだらこのくらい大きい方が美味しいんだから!」
結衣の冷静なツッコミに、凛が真っ赤な顔で張り合う。
二人がキッチンでバチバチと静かな火花を散らす中、「あたしも手伝うー!」と葵が跳び込んできた。
「葵、包丁は危ないから皿出しな」
「はーい! 陸兄ちゃん、このお皿でいいー?」
背後から腕を回して皿を見せてくる葵。背中に当たる柔らかい感触と抜群のスタイルに、俺は思わず「お、おう、それでバッチリだ……」と声を裏返らせた。
「ちょっと葵ちゃん! 陸にそんな抱きつき方しちゃダメでしょ! 陸も顔赤くしない!」
「抱きついてねえし、顔も赤くしてねえ!」
凛の悲鳴のような怒鳴り声が響き、キッチンは一気に戦場と化した。
それから三十分後。
テーブルの上には、ダシの効いた肉豆腐、ツヤツヤの炊き立てご飯、そして凛が必死に作ったナスの味噌汁が並んだ。
「「「いただきます」」」
全員で手を合わせ、一口運ぶ。
「……うん、美味い」
「本当!? よかったぁ……陸の好みの味、ちゃんと覚えてたから……」
俺の言葉に、凛は胸を撫でおろし、耳まで真っ赤にしながらほっと笑みをこぼした。昔は男友達のようにつっけんどんだった凛が、今では一口ごとにこちらの反応を伺ってドギマギしている。その乙女なギャップに、俺の胸が不意に軽く跳ねた。
「……陸兄さん。お肉、あーん」
「えっ、結衣!?」
「あー! 結衣姉ずるい! 陸兄ちゃん、あたしの肉豆腐も食べてー!」
「ちょっと二人とも何させてるのよー! 陸、鼻の下伸ばして食べないのっ!!」
ドタバタと賑やかな声が響く夕食も、一段落して、
リビングにはまったりとした空気が流れていた。
……と言いたいところだが、俺の左右と正面からの視線が重すぎて、ちっとも寛げない。
左隣には、ポーカーフェイスのまま俺の袖をキュッと掴んで離さない結衣。
右隣には、「陸兄ちゃん、一緒にテレビ見よー!」とぴったり身を寄せてくる葵。抜群のスタイルの柔らかい感触がダイレクトに腕に伝わり、俺の理性が試され続けている。
そして正面のソファでは、真っ赤な顔をした凛が「むー!」と拳を握りしめて俺たちを睨みつけていた。
「……あのさ、みんな。そろそろお風呂の時間なんだが」
俺がそう切り出すと、リビングの空気がピキッと凍りついた。
「「「お風呂!?」」」
三人同時に声が重なる。最初に口を開いたのは凛だった。
「り、陸! 私、タオル忘れたから貸して! 一番に入らせてもらうわね!」
「……待ってください、凛先輩。ここは私たちの家です。ゲストの凛先輩は最後か、あるいはご自宅でお風呂に入るべきでは?」
「な、なんですって〜〜!? 私と陸は幼馴染なのよ! 昔は一緒にお風呂に入ったことだって……っ!?」
勢いで叫びかけた凛は、途中で自分の発言の意味に気づいたのか、ハッと息を飲んだ。
一瞬で耳まで真っ赤になり、「……っ! つ、通り越して昔の話だけど! 今は絶対に無理だけどっ!!」と1人で勝手に自爆して真っ赤な顔で悶絶している。
「……凛先輩。昔の思い出に縋るのは見苦しいです。陸兄さん、一緒に入りますか?」
「入らねえよ! 何言ってんだ結衣!」
「えー! あたしも陸兄ちゃんと一緒にお風呂入るー! 背中流してあげる!」
「葵もダメだ! 落ち着けって!」
無防備に抱きつこうとしてくる葵を引き離そうと揉み合っていると、突然リビングの照明がパツンと消えた。
「「「うわっ……!?」」」
真っ暗闇に包まれる部屋。どうやら地域一帯の停電らしい。
「きゃああっ!?」
「うわっ、凛!?」
暗闇の中、恐怖でパニックになった凛が勢いよく俺に飛びついてきた。
いつもなら男友達のようなノリの凛だが、今夜はほのかに甘い香水の香りと、女の子らしい華奢で柔らかい体温がダイレクトに伝わってくる。
「り、陸ぅ……! 暗いの無理……っ」
「お、おう……大丈夫だ、ただの停電だから……」
必死に俺にしがみつき、胸元に顔を埋めてくる凛の乙女すぎる反応に、俺の心臓は破裂しそうなほど跳ね上がる。
「……凛先輩、ずずるいです」
「あたしも陸兄ちゃんに抱きつくー!」
暗闇の中で結衣と葵もすり寄ってきて、俺の周りはパニックと甘い香りでカオスと化した。
数分後、電気が復旧し、明かりが灯る。
そこには、俺に抱きついたまま真っ赤な顔でフリーズしている凛と、それをジト目で見つめる結衣、そしてニコニコと笑う葵の姿があった。
「あ……あ……っ! 今のは、暗くてびっくりしただけで……っ!!」
パッと俺から離れた凛は、顔から火が出るんじゃないかというほど真っ赤になり、バタバタとバッグを掴んだ。
「〜〜〜っ! 今日のところは帰るわねっ! 明日も絶対来るから! 浮気したら承知しないんだからねーっ!!」
意味不明な決め台詞を残して、凛は嵐のように玄関から走り去っていった。
「……浮気って、凛先輩はまだ彼女じゃないのに」
結衣がポーカーフェイスのままボソリと呟く。
嵐が去った後のリビングで、俺は大きく深呼吸をした。
食後のくつろぎタイムのはずが、心身ともに体力を削られきってしまった。
義妹ふたりと、本格的に「乙女」へ変貌した幼馴染。
俺の理性が保たれる日は、当分来そうにない。




