第二十二話 大みそか
大みそかの夜。街から人通りが消え、しんしんと冷え込む室内には、テレビから流れる年末番組の音だけが低く響いていた。
リビングのこたつには、陸と結衣、そして葵の三人が入っている。凛は家族と年越しそばを食べるため一旦帰宅しており、珍しく静かな夜だった。
「……陸兄さん。お湯、沸き直しました。温かいお茶、淹れますね」
結衣が立ち上がり、台所へ向かう。その隙に、こたつの向かい側にいた葵が、するりと陸の隣へ移動してきた。
「ねぇ、陸兄ちゃん……」
いつもなら元気に抱きついてくる葵が、今夜はそっと陸の服の袖を掴むだけにとどめている。その目には、いつもの眩しい笑顔ではなく、どこか揺れるような陰りがあった。
「……あたしね、今年はずっとズルかったと思う。本当の妹じゃないって分かってから、自分の気持ちを押し付けてばかりで……」
「葵……」
「結衣姉がどれだけ陸兄ちゃんを大事に思ってるかも、凛先輩がどれだけ素直になれずに苦しんでるかも知ってるのに。あたし、一番年下だからって甘えて、みんなを困らせてばかりでさ……」
ぽつりと漏らした葵の言葉に、湯気立つ湯呑みを乗せたお盆を持って戻ってきた結衣が足を止めた。
結衣は静かにお盆をテーブルに置くと、陸の反対側に腰を下ろした。
「……葵。自分だけがズルいような言い方は、やめてください」
結衣の淡々とした、けれど芯のある声が響く。
「私も……ズルいです。昼間は姉として振る舞いながら、夜中に一人で陸兄さんの部屋に行ったり……『妹』という立場を利用して、誰よりも近くにいようとしています」
結衣は膝の上でぎゅっと拳を握りしめ、葵をまっすぐ見つめた。
「葵が素直に気持ちをぶつけてくれるから、私は自分の臆病さに気づかされるんです。葵に負けたくないと思うから、前に進めるんです」
「結衣姉……」
「……だから、一人で反省しないでください。私たちは……陸兄さんを好きなライバルで、大切な姉妹なんですから」
結衣の言葉に、葵の瞳からポロリと大きな涙がこぼれ落ちた。
葵は袖でゴシゴシと目元を拭くと、いつもの意地らしい笑みを浮かべた。
「……うん。そうだよね! ふふん、あたしも結衣姉にも凛先輩にも、絶対に譲らないんだから!」
ふたりの少女がお互いの葛藤を確かめ合い、絆を深めたその時——。
ピンポーン! ピンポンピンポン!
「陸ー! 葵ちゃーん! 結衣ちゃーん! 年越しそばのお裾分け持ってきたわよー!」
玄関のドアが勢いよく開き、重装甲な防寒具に身を包んだ凛が飛び込んできた。
涙目の葵と、少し赤くなった目の結衣、そして固まる陸を見て、凛は目を丸くする。
「……ちょっと、なに湿っぽくなってんのよ! もうすぐ年が明けるのよ!?」
「なんでもないよ、凛先輩! あたしたちの女の協定!」
「……凛先輩、お出汁のいい匂いがします。早く食べましょう」
「えっ、ちょっと二人とも、仲間外れにしないでよー!」
遠くからゴーン……と除夜の鐘の音が聞こえ始める。
姉妹ゆえの葛藤と揺れる恋心を抱えながら、新しい年が、静かに幕を開けようとしていた。




