第二十一話 姉妹の葛藤
クリスマスパーティーの喧騒と、翌朝のサンタ服を巡るドタバタが過ぎ去り、街は一気に年末の匂いを帯び始めていた。
大みそかを目前に控えた冬休みの午後。リビングには、どこか落ち着かない空気が流れていた。
凛は実家の年末大掃除に駆り出されており、家の中には陸、結衣、葵の三人だけ。
コタツに入りながら、結衣は静かにミカンを剥いていた。
その隣では、葵が膝を抱え、テレビの年末特番を眺めている。
いつもなら真っ先に陸の右腕にしがみついてくるはずの葵が、今日は妙におとなしい。
「……葵。ミカン、いりますか」
「……ん、ありがと、結衣姉」
差し出されたミカンを受け取るとき、ふたりの指先がかすかに触れ合った。
ほんの少し前まで、ふたりの間にあるのは「天真爛漫な妹」と「静かな姉」という、疑いようもない姉妹の絆だけだった。
だが、今のふたりの胸中には、同じひとりの男性——陸への譲れない恋心が渦巻いている。
「……陸兄さん、お茶を淹れ直してきますね」
結衣が立ち上がり、台所へ向かう。
その背中を、葵はじっと見つめていた。
(結衣姉は……ずるいよ)
葵は胸の奥をキュッと締め付けられるような痛みを覚える。
昨夜のクリスマスの夜、結衣が深夜に陸の部屋へ向かったことを、葵は知っていた。
うっすらと目を覚ましたとき、廊下を渡る静かな足音を聞いていたのだ。
自分は「本当の妹じゃない」という現実に涙をこぼし、思春期の戸惑いを乗り越えて、ようやく「あたしを女の子として見て!」と真っ直ぐぶつかれるようになった。
けれど、結衣はポーカーフェイスの裏に、もっと深く、静かで重い独占欲を隠し持っている。
毎朝ネクタイを整え、お決まりのように服の裾を摘み、「寒さ対策のサポートです」なんて言い訳をしながら陸の特別な一番を狙っている。
「あたたかいハーブティーです、陸兄さん」
「お、サンキュー結衣」
湯気の立つマグカップを差し出しながら、結衣はごく自然な動作で陸の隣に腰掛け、ブレザーの袖口をキュッとつまんだ。
その所作一つひとつに滲み出る「特別な距離感」。
「……結衣姉」
葵がコタツから顔を上げ、静かに口を開いた。
「なにですか、葵」
ポーカーフェイスのまま振り向く結衣。その瞳は、葵の視線を逃げずに受け止める。
「……昨日の夜さ。陸兄ちゃんの部屋、行ったでしょ」
静寂がリビングを支配した。
お茶を飲もうとしていた陸の手がピタリと止まる。
「……行きましたよ。二人でハーブティーを飲みました」
結衣は隠す風もなく、淡々と答えた。
「葵が熟睡している間に、少しだけ……陸兄さんを一人占めさせていただきました」
「〜〜〜っ! やっぱり! ずるいよ結衣姉!」
葵の頬が一気に赤く染まる。
「あたしだって、陸兄ちゃんと二人きりになりたいのに! 結衣姉はいつもそうやって、大人しそうな顔して抜け駆けするんだから!」
「抜け駆けではありません。機会を活かしただけです」
結衣の口調は冷静だが、陸の袖を掴む指先にはぎゅっと強い力が込められていた。
「……葵がストレートに好意をぶつける姿を見るたび、私は焦っています。私には、葵のように無邪気に抱きつく度胸はありませんから……だから、私なりのやり方で陸兄さんの『一番』になりたいだけです」
「結衣姉……」
葵は息を飲んだ。
姉のポーカーフェイスの奥にある、必死な熱量。
自分だけが葛藤していると思っていた。
「本当の妹じゃない」という現実に戸惑い、泣きながら告白した自分だけが、必死に恋と戦っているのだと思っていた。
けれど、目の前にいる姉もまた、「妹」という安全地帯を捨て、傷つく覚悟を持って陸を買い占めようとしている。
同じ家で育ち、大切な家族であるからこそ、相手の気持ちが痛いほど分かってしまう。
譲ってあげたい、大好きな姉だから。
譲られたくない、大好きな陸兄ちゃんだから。
「……あたしも、譲らないからね」
葵はコタツから抜け出し、陸の反対側に密着するように座り込んだ。そして、陸の右腕をぎゅっと自分の胸元に抱きしめる。
「葵、近すぎるって……!」
「いいの! 結衣姉が抜け駆けした分、あたしも補充するんだから!」
真っ赤な顔で陸を見上げる葵の瞳には、一切の迷いがなかった。
「あたし、陸兄ちゃんの『特別な一番』になるって決めたんだもん。結衣姉がどれだけ大人な雰囲気出しても、絶対に負けないんだから!」
「……望むところです。私も、妹の座に甘んじるつもりはありません」
結衣もまた、ジト目で葵を牽制しながら、陸の反対側の服の裾を強く引き寄せた。
両側から伝わってくる、それぞれに異なる二つの熱量。
姉妹ゆえに高め合い、姉妹ゆえに譲れない恋の葛藤。
「……おいおい、大みそか前に二人とも落ち着けって……」
陸が苦笑いを浮かべながら宥めようとするが、ふたりの強い視線に射抜かれ、言葉を失う。
「「陸兄さん(陸兄ちゃん)は、黙っててください」」
ハモった声に込められた真剣な響き。
今年が終わり、新しい年が明けても——姉妹の甘く切ない陣取り合戦が留まることは、なさそうだった。




