第二十話 クリスマスパーティー
街を優しく包むポインセチアの赤と、眩いイルミネーションの光。吐く息が白く染まる真冬の12月24日、我が家には「初めて4人で過ごすクリスマス」が訪れようとしていた。
「陸ー! ケーキのイチゴ、箱から出して洗っておいたわよ!」
キッチンでテキパキと腕を振るうのは凛だ。幼馴染という安全な距離感に甘えていたかつての面影はなく、気合の入ったクリスマスツリー柄のエプロンを身につけ、ほんのり香水の甘い香りを漂わせている。
「サンタの飾り、どこに置く? ねぇ陸、私が飾ってあげるから、一番高いところ届かないから手伝いなさいよ!」
ツリーの横で背伸びをする凛の頬は、部屋の暖房のせいか、それとも俺との距離の近さのせいか、リンゴのように赤く染まっている。
「……陸兄さん。チキンのオーブン焼き、もうすぐ焼き上がります」
隣で静かにタイマーをセットするのは結衣だ。ポーカーフェイスのままだが、どこか誇らしげに俺の服の裾を小さな指先でキュッと引っ張ってくる。あの日、二人きりの夜に温もりを分け合って以来、彼女の静かな独占欲は隠されることがなくなった。
「……一番最初の焼き立ての皮、陸兄さんのお皿に取り分けますね」
目元を柔らかく緩める結衣の可憐さに、俺の心臓は朝から何度も跳ね上がっている。
「あたし、クラッカーの準備完了ー! 陸兄ちゃん、見て見て! クリスマス限定のトナカイカチューシャ!」
ポンと元気よく部屋に飛び込んできた葵は、パツパツのサンタ服を身に纏い、真っ直ぐ俺の右腕に抱きついてきた。
「うわっ、葵! 抱きつくな、危ないって!」
「えへへ、寒いから暖を取ってるんだもん! 陸兄ちゃんの一番のプレゼントはあたしでしょ?」
低身長ながら抜群のスタイルがダイレクトに腕に当たり、俺の理性が激しく削られていく。泣きながら恋心をぶつけてくれて以来、彼女のストレートなアタックは留まることを知らない。
「ちょっと葵ちゃん! 陸にぴったり抱きつかないの! サンタ服の胸元も開いてるわよっ!」
案の定、真っ赤になった凛が飛んできて葵を引き離そうとする。
「……凛先輩。葵のサンタ姿に嫉妬するなら、凛先輩も着れば良いと思います」
「〜〜〜っっ!? 誰がそんな破廉恥な服着るのよっ! 私は監視役なんだからねっ!」
バチバチと火花を散らす少女たち。けれど、テーブルの上に並べられたごちそうと、キラキラと輝くツリーの光が、この甘く騒がしい空間を優しく包み込んでいた。
「ほら、みんな。冷めないうちにパーティー始めようぜ」
俺が声をかけると、三人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
「メリークリスマス、陸兄さん」
「陸兄ちゃん、大好き! メリークリスマス!」
「……っ、メリークリスマス、陸! 感謝しなさいよねっ!」
グラスを合わせる音が部屋に響く。
賑やかなクリスマスパーティーが終わり、片付けを終えた深夜。満腹になった葵と、少し飲み慣れないシャンメリーで眠気と戦っていた凛は、それぞれの部屋(凛はベランダから自分の家)へ戻り、家中が静まり返っていた。
(……ふぅ、なんとか無事に終わったな)
自分の部屋でベッドに腰掛け、一息ついていた時だった。
コンコン
静寂を割って、控えめなノックの音が響く。
「はい……?」
「……陸兄さん。まだ、起きていますか」
ドアがそっと開き、入ってきたのはパジャマ姿の結衣だった。その手には、二人分の湯気が立つマグカップが握られている。
「結衣? どうしたんだ、こんな時間に……」
「……温かいハーブティーを淹れました。今日は、たくさん気を張って疲れたでしょうから」
結衣はポーカーフェイスのまま淡々と告げると、迷うことなく俺のベッドのフチへ腰掛けた。そして、マグカップをサイドテーブルに置くと、ごく自然な動作で俺のパジャマの裾をキュッと指先で摘んでくる。
「……結衣、葵や凛を起こしたら……」
「……ふたりはもう熟睡しています。今は……誰も来ません」
そう静かに呟くと、結衣はそっと俺の肩に身を預けてきた。フワリと立ち上る甘いシャンプーの香りと、薄いパジャマ越しに伝わる身体の確かな温もり。
「……結衣?」
「……昼間は、凛先輩や葵がいて……陸兄さんを一人占めできませんでしたから」
目元をかすかに桃色に染めながら、結衣は上目遣いで俺を見つめてくる。
「……今日のクリスマスプレゼント、私は何も渡せていません。だから……今夜はもう少しだけ、こうさせてください。これが……私からの、そして私へのプレゼントです」
ポーカーフェイスの裏にある確かな恋心と独占欲。肌越しに伝わってくる彼女の鼓動がトクトクと速くなっていくのが分かり、俺の理性が再び静かに試され始めるのだった。
昨夜、深夜に忍び込んできた結衣との甘く密やかな時間を過ごし、少し寝不足気味のまま迎えたクリスマスの朝。
(……ふぅ、今日からまた冬休みか。朝飯の準備でもするか……)
俺が寝ぼけ眼でリビングに降りていくと、キッチンではすでに結衣がエプロン姿で朝食の仕度を進めていた。
「……陸兄さん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「お、おう。おはよう結衣。……おかげさまでな」
二人だけの秘密を共有しているかのような結衣の微かな笑みに、俺の胸が跳ね上がったその瞬間——
「陸兄ちゃーーーん! メリークリスマス・アゲインっ!!」
バァン! と勢いよく廊下のドアが開き、眩しいほどの笑顔を浮かべた葵が飛び込んできた。
「うわっ、葵!? 朝から元気すぎるだろ!」
「えへへー! だってクリスマス本番は今日だもん! 見て見て、陸兄ちゃん!」
朝一番で俺の右腕にダイレクトにしがみついてきた葵は、なんと昨夜の「パツパツのサンタ服」をそのまま着込んでいた。低身長グラマーなスタイルがダイレクトに腕に当たり、朝の寝起きの脳みそが一気に覚醒する。
「葵、お前……なんで朝からその格好なんだよ!?」
「だって、昨日は凛先輩に邪魔されて、陸兄ちゃんにちゃんと抱きつけなかったんだもん! 朝イチならあたしの独占時間でしょ?」
上目遣いでニシシと笑う葵の直球すぎるアタックに、俺の理性が早朝からゴリゴリと削られていく。
「……葵。朝から過剰なスキンシップは危険です。それに、その格好は陸兄さんの毒になります」
お玉を持った結衣が、ジト目で葵を牽制しながらそっと俺の反対側に寄り添い、お決まりのようにパジャマの裾をキュッと引っ張ってくる。
「結衣姉こそ、陸兄さんにぴったりくっついてズルいー!」
「……これは調理中の安全確保です。不可抗力です」
ピンポーン! ピンポンピンポン!
「陸ー! 葵ちゃーん! 余ったクリスマスケーキ持って……って、ちょっとおぉぉぉーーーっ!?」
そこへ、重装甲な防寒具に身を包んだ凛が、合鍵(あるいはベランダ経由)で飛び込んできた。
リビングの惨状——サンタ服で腕にしがみつく葵と、裾を引っ張って密着する結衣、そして朝からタジタジの俺——を目撃した凛の顔は、一瞬で真っ赤なポインセチアのように染まった。
「あ、葵ちゃん!? なんで朝からそんな破廉恥な格好で陸に抱きついてるのよーっ!?」
「凛先輩! クリスマスは25日までだからセーフだよ!」
「セーフなわけないでしょーっ! 陸、あんたも朝から鼻の下伸ばしてんじゃないわよーーーっ!!」
「伸ばしてねえよ! 朝から刺激が強すぎるだけだ!」
真っ赤になって怒鳴り散らす幼馴染と、無邪気な笑みを浮かべて離れない妹、そして静かに俺の服を掴んで離さない姉。
聖夜が明けてもなお、俺の理性を巡る過酷で甘い戦いは、終わる気配をまったく見せてくれそうになかった。




