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テトラ・ステリス  作者: 煉獄
第一章 俺と彼女たち
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第十九話 姉妹の気持ち

秋の冷気が静かに部屋を包む夜。

結衣はリビングのソファで膝掛けを抱えながら、そっと胸元に手を当てていた。

手指の隙間から伝わってくるのは、トクトクと静かに、けれど確かに速いリズムを刻む自らの心拍音。

(……いつから、だったでしょうか)

頭の中で、過ぎ去った日々を静かに手繰り寄せる。

最初は、ただの「頼れるお兄さん」だった。

不器用で感情を表に出すのが苦手な自分の隣で、いつも変わらない優しい笑みを向けてくれる存在。一緒に暮らすようになり、毎朝ネクタイを整えてあげたり、無言で服の裾を摘んだりする距離感は、自分にとって最も落ち着く「家族としての安全地帯」だったはずだった。

——けれど。

(葵が遠征でいなくて、凛先輩も来なかった、あの静かな秋の夜……)

思い出すだけで、ポーカーフェイスで隠しているはずの頬が熱く火照っていく。

湯上がりで髪を濡らした陸兄さんと、二人きりで過ごしたあの静寂。

「効率よく保温しているだけ」と素っ気ない言い訳を口にしながら膝掛けに潜り込み、陸兄さんの体に自身の体温をすり寄せた瞬間。

頭を優しく撫でられ、「たまには結衣とこうして過ごすのも好きだ」と笑いかけられた、あのとき。

胸の奥で、カタリと何かが決定的に音を立てて崩れた。

「家族の好き」という心地よいぬるま湯から、引き返せない「恋」という深く甘い熱の中へ落とされたのだと悟った。

あたたかい紅茶のカップを持つ陸兄さんの指先も、ふわりと香るシャンプーの匂いも、肩越しに感じる固い体温も——そのすべてが「お兄ちゃん」のものではなく、「一人の男性」のものとして自分を激しく揺さぶっていた。

(「他の誰でもない、陸兄さんの特別な一番になりたい」……)

それは、妹という立場を守り続けていては決して手に入らない、強くて浅ましい独占欲だった。

衣替えを過ぎて、大きなブレザーに身を包む季節になっても、その熱は冷めるどころか深まっていくばかりだ。

今では「寒さ対策のサポートです」と自分にすら苦しい言い訳をしながら袖口を掴み、真っ直ぐに好意をぶつけてくる葵に「ズルいです」と焦りを覗かせてしまう。

不器用で、ポーカーフェイスしか作れない自分。

けれど、陸兄さんを見上げる瞳の奥にある熱だけは、もう二度と誤魔化すことなんてできない。

膝掛けをぎゅっと強く握りしめ、結衣は静かに息を吐き出した。

(……もう、「妹」のフリをするのはおしまいです)

今夜も静かに更けていく秋の夜長に、結衣は秘めた恋心を深く、強く誓うのだった。


夕焼けの橙色が部屋の床を長く伸ばす時刻。

葵はベッドの上で膝を抱え、自分の手や胸元をじっと見つめていた。

(あたし……どうしちゃったんだろう)

小さく吐き出した息が、静かな室内に溶けていく。

少し前までの自分にとって、陸兄ちゃんは「大好きなお兄ちゃん」そのものだった。

部活から帰ってくれば「陸兄ちゃん〜!」と当たり前にダイレクトタックルをかまし、無邪気に抱きついて笑い合う。本当の妹ではないと知っていても、そんな関係線すら気にならないくらい、陸兄ちゃんの隣は安心できる大好きな場所だった。

——けれど、夏休みのあの日を境に、世界がすっかり色を変えてしまった。

部活帰りの夕道、二人きりで歩いていた時間。

何気なく見上げた陸兄ちゃんの横顔、自分よりもずっと大きくて固い手や肩。

その瞬間、ドクンと胸の奥で大きな音が跳ねた。

「……っ」

ただの「お兄ちゃん」だったはずの存在が、急に強い熱を帯びた「ひとりの男の子」として目に飛び込んできたのだ。

急に身体が熱くなって、胸がうるさいくらい高鳴って、自分の胸元や肌がなんだか無防備で急に恥ずかしくなった。

(近寄りたいのに、恥ずかしくて近寄れない……っ)

それからの数日間は、本当に生きた心地がしなかった。

部屋で目が合うだけで耳まで真っ赤になって逃げ出して、冷たい麦茶を飲みながら顔を背けて。陸兄ちゃんが悲しそうな顔をするたびに胸が痛んだけれど、どうしていいか分からなくて必死に距離を置いてしまった。

買い出しの帰り道、半泣きで必死に自分の気持ちを打ち明けたあの夕暮れ。

『陸兄ちゃんが「男の子」に見えちゃって、恥ずかしくて近寄れないんだもん!』

『本当の妹じゃないし……好きになっちゃったらどうしたらいいか分かんなくて……っ』

溢れ出した涙と一緒に想いを吐き出したあたしの頭に、陸兄ちゃんの手がそっと乗せられた。

「避けられるよりずっと嬉しい」そう言って優しく笑ってくれた陸兄ちゃんを見たとき、あたしの中の迷いや戸惑いは一気に吹き飛んでいた。

(――もう、妹のふりで逃げるのはやめよう)

放り投げたスポーツバッグをそのままに、夢中で陸兄ちゃんの胸に飛び込んだあの暖かさ。

引き締まった自分の鼓動も、陸兄ちゃんから伝わる驚きと熱も、全部が「恋」の証明だった。

結衣姉や凛先輩みたいに恋する女の子として自分を出すのは、すごく照れくさいし恥ずかしい。

でも、もう恥ずかしさから逃げたりなんかしない。

抱えていた膝から顔を上げ、葵は頬をぽんと叩いてまっすぐ前を見つめた。

「あたしを『女の子』として見てくれるまで、絶対に離れないんだからね」

あの日叫んだ誓いを胸に秘め、葵は「大好きなお兄ちゃん」から「特別な一番」を掴み取るための恋へ、力強く踏み出していく。


二人の姉妹の心の内は確実に変化していた。

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