第二話 幼馴染パニック
「……で、なんで凛まで当たり前にウチで昼飯食ってんだ?」
ダイニングテーブルを囲みながら、俺——榛名陸は思わずツッコミを入れた。
目の前には、俺特製のオムライスを美味しそうに頬張る三人の女子。
不器用にフォークを動かす黒髪ロングの結衣。
「おいしー!」と声を弾ませる茶髪ショートの葵。
そして、なぜか顔を少し赤くしたまま、意地になったようにオムライスを口へ運ぶ幼馴染の凛だ。
「い、いいでしょ別に! おばさんたちが出張でいない間、ちゃんとご飯食べてるか監視してあげてるの!」
「監視って……お前、今まで俺が一人で飯作ってても『へー、すごーい』くらいしか言わなかっただろ」
昔からの腐れ縁である凛は、これまで俺に女っ気がないのをいいことに「陸に女子が寄ってくるわけない」と高をくくっていた。部屋着のジャージで上がり込んでは、男友達のようなノリで過ごすのがいつもの日常だったのだ。
それがどうだ。
今の凛は、心なしかいつもより少しおしゃれな私服を着ている気もするし、俺と目が合うたびにどこか挙動不審だ。
(……いや、絶対気のせいだな)
俺が首をひねっていると、となりに座っていた結衣がそっと俺の袖を引っ張った。
「……陸兄さん」
「ん? どうした結衣」
「……お水、とって」
「はいはい、どうぞ」
コップを渡すと、結衣は受け取り際にちいさく「……ありがとう」と呟き、俺の隣へすり寄るように座り直した。ポーカーフェイスだが、どこか誇らしげな表情だ。
「あ! 結衣姉ずるい! 陸兄ちゃん、あたしにもケチャップでお絵描きしてー!」
「はいはい、葵も落ち着けって……っと、危ない!」
勢いよく身を乗り出してきた葵を受け止めようとして、距離が急接近する。
小柄な体躯に反して、不意に伝わる葵の柔らかい感触と抜群のスタイル。葵本人があまりに無防備だからこそ、余計に毒気が抜かれるというか、理性が削られるというか……。
「あ、葵ちゃん! 陸にそんなに抱きついちゃダメでしょ!?」
バッと立ち上がったのは凛だった。真っ赤な顔で葵を引き離そうとする凛の目は、今まで見たこともない「恋する女の子」の焦りに満ちている。
「えー? 凛先輩、陸兄ちゃんはあたしたちのお兄ちゃんだよ?」
「義理でしょ義理! いくら妹だからって、陸も鼻の下伸ばさない!」
「伸ばしてねえよ!」
怒鳴り散らしつつも、凛は俺と目が合った瞬間、ハッとして視線を泳がせた。
胸を押さえ、耳まで真っ赤にしながら「……とにかく、私が毎日様子見に来るからね!」と逆ギレ気味に帰っていく凛の後ろ姿を眺めながらため息しか出なかった。
「陸兄さん、ネクタイ曲がってる」
「あ、本当だ。サンキュ、結衣」
週が明け、今日から学校が始まる。
リビングで身支度を整えていると、制服姿の結衣がすり寄ってきて、ポーカーフェイスのまま手際よく俺のネクタイを直してくれた。相変わらず無口だが、どこか誇らしげな表情だ。
「むー! 結衣姉ずるい! あたしも陸兄ちゃんのお手伝いする!」
「葵は自分のリボンを結びなさい。……それと、スカートが短い」
「えー、動きやすいからいいじゃん!」
相変わらず賑やかな義妹ふたり。
同じ高校に通う一年生の結衣と、隣の中学校に通う三年生の葵。
三人で家を出て玄関の鍵を閉めたその時——バッと隣の家のドアが開いた。
「り、陸……! 一緒に行こうと思って……って、なんで二人もいるの!?」
立っていたのは、同じ高校に通う同級生の幼馴染、凛だった。
心なしかいつもより念入りに髪を整え、ほのかに甘い香水の香りを漂わせている。
しかし俺の両脇を当然のように固める結衣と葵を見た瞬間、凛の顔が引きつった。
「凛先輩、おはようございます」
「おはよー、凛先輩! 今日から陸兄ちゃんと登校なんだー!」
「と、登校!? 陸、あんた昔から私と一緒に学校行ってたでしょ!?」
「いや、お前が勝手にうちに押しかけてきてただけだろ……」
呆れる俺を余所に、凛は「むー!」と顔を赤くして俺の腕を引っ張った。
「だ、ダメ! 登校は私の担当なの! 昔からの決まりなんだから!」
「……凛先輩。陸兄さんはもう、私たちの『家族』です。独占しないでください」
結衣が静かに、だが力強く俺の反対側の袖をキュッと引っ張る。
ポーカーフェイスの裏にある譲れない譲歩。さらに葵まで「あたしもー!」と腕に抱きついてくるから、俺の腕には葵の抜群のスタイルの柔らかい感触がダイレクトに伝わり、理性が吹き飛びそうだ。
「あ、葵ちゃん! 離れなさいってば! 陸もデレデレしないのっ!!」
真っ赤になって叫ぶ凛の瞳は、焦りと乙女心でいっぱいだった。
学校への道のりだけで体力を半分以上持っていかれながら、なんとか校門に到着する。
葵と途中で別れ、俺と凛、そして結衣の三人は校舎へ入った。
しかし、難所は校門だけではなかった。
「……あ、陸兄さん」
昼休み。俺が自分の教室で凛とお弁当(凛が『余ったから!』と真っ赤な顔で突きつけてきた手作り弁当)を食べようとしたその瞬間、教室の入り口に結衣が現れた。
一年生校舎からわざわざやってきた結衣の手には、小さな巾着袋。
「……お弁当、一緒に食べようと思って」
「えっ、結衣? でも俺、今日凛が——」
「ダメよ結衣ちゃん! 陸は私と食べるの!」
凛がバッと立ち上がり、結衣を牽制する。
しかし結衣は表情ひとつ変えず、すっと俺のとなりの席(空席)に腰掛けた。
「……凛先輩。陸兄さんの好きな卵焼きは、甘めじゃなくて出汁効きめです」
「〜〜〜っっ!? な、知ってるわよそれくらい! ちゃんと出汁巻いてきたんだから!」
静かな火花を散らす結衣と凛。
教室中のクラスメイトたちの視線が、「あの榛名に、なんで美少女ふたりが……!?」という羨望と嫉妬に満ちた熱線となって俺に突き刺さる。
「……陸兄さん、あーん」
「ちょっと結衣ちゃん何させてるの! 陸、食べちゃダメ!!」
気楽だったはずの俺の学校生活は、初日から完全に崩壊していた。




