第一話 新しい家族
第一話:日常の変化
「……じゃあ、行ってくるからね。陸、二人をお願いしたわよ」
そんな母さんの軽やかな一言とスーツケースを引く音を残して、玄関のドアが閉まった。
静まり返ったリビングに立ち尽くしながら、俺——榛名陸は深く、深くため息をついた。
両親が再婚して、まだほんの数週間。
お互いの呼び方や距離感すら掴みきれていないこのタイミングで、まさかの両親揃っての急な海外出張。今日からこの家には、高校二年生の俺と、突然できた二人の義理の妹だけが残されたのだ。
「……はあ。とりあえず、昼飯でも作るか」
苦労性が染み付いた体でキッチンへ向かおうとした時、背後に気配を感じて振り返る。
そこに立っていたのは、黒髪ロングの姫カットが印象的な結衣だった。高校一年生で、どこかミステリアスな雰囲気を纏った義妹だ。
「……陸兄さん」
「うわっ、びっくりした……結衣、どうかしたか?」
表情一つ変えないポーカーフェイスのまま、結衣は無言で歩み寄ってくると、そっと俺の服の裾をキュッと引っ張った。
「……お腹、空いた」
「あ、ああ。今から作るよ。何がいい?」
「……陸兄さんが作ったものなら、なんでも」
相変わらず口数は少ないけれど、不器用な甘え方をしてくる。こんな風にすり寄られると、いくら義理の妹とはいえ、少しだけ毒気が抜けてしまう。
「よーし! じゃあ特製オムライスでも作るか!」
その時、廊下からバタバタと賑やかな足音が響き、リビングのドアが勢いよく開いた。
「わーい! オムライス!? 陸兄ちゃん、あたしにも作ってー!」
跳び込むように入ってきたのは、もう一人の義妹、葵だった。明るい茶髪のショートボブを揺らし、天真爛漫な笑顔を浮かべている。中学三年生の彼女は、とにかく元気いっぱいで距離感が近い。
「葵、危ないって——ぶふっ!?」
勢い余って抱きつかれ、俺は思わず後ずさる。
姉の結衣より背は低いはずなのに、体に伝わる柔らかい感触に息が止まりそうになった。スポーツをやっているせいか引き締まっているものの、葵のスタイルは姉の結衣以上に恵まれている。本人は全く無防備なのが余計にタチが悪い。
「ちょっと葵、離れろって……!」
「えー? なんで? 陸兄ちゃん暖かくて気持ちいいのにー」
「……葵。離れなさい。陸兄さんが困ってる」
結衣がすかさず割り込み、葵の襟首をつまんで引き離す。
「むー、結衣姉だってさっき裾引っ張ってたじゃん!」
「……私は、正当な要求をしていただけ」
パチパチと火花を散らす二人を前に、俺は胃が痛くなるのを感じていた。
ぎこちない家族生活が始まる——そう思っていたのに、なんだか予想とは違う方向で理性が試されている気がする。
ピンポーン。
その時、タイミングよくインターホンが鳴り響いた。
「あれ、お届け物か……?」
玄関へ向かい、ドアを開ける。そこに立っていたのは、見慣れた隣の幼馴染だった。
「よっ、陸! おばさんたちが出発したって聞こえたから——って、なにその顔」
ポニーテールを揺らし、サバサバとした笑みを浮かべるのは桔梗凛。昔からの腐れ縁で、家も隣同士の同級生だ。
これまでは「陸に女っ気なんてあるわけないし」と高をくくり、男友達のようなノリで家に上がり込んでいた凛。しかし、俺の背後からひょっこりと顔を出した結衣と葵の姿を見た瞬間、彼女の表情が固まった。
「あ……凛先輩、こんにちは」
「こんにちはー!」
タイプの違う二人の美少女義妹。しかも両親不在の家で、男一人と女子二人。
「り、陸……あんた、まさかこれからこの二人と『三人きり』で暮らすの……!?」
「まあ、そうなるな。急な出張だったから仕方ないし……」
俺が苦笑いしながら答えると、凛の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
今まで「絶対にあり得ない」と安心しきっていたはずの胸の奥で、カチリと何かが弾ける音が聞こえたかのように。
「〜〜〜〜っっ!? だ、ダメに決まってるでしょそんなの!!」
「へ? なんで急に大声出すんだよ」
「な、なんでって……! とにかくダメなの! 私も手伝う! 昼ご飯も一緒に食べるからね!!」
胸を押さえ、真っ赤な顔で強がる凛。その目は、これまで見せたこともないような「恋する女の子」の焦りに満ちていた。
ぎこちなかったはずの俺たちの日常は、予期せぬ変化とともに、大きく動き出そうとしていた。




