第十七話 鍋の季節です。
「……で、なんで肌寒くなってきたからって、スーパーの鍋つゆコーナー前で陣取り合戦が始まってるんだ?」
10月も半ばを過ぎ、夕方のスーパーマーケット。買い物カートを押す俺の左隣で、結衣が静かにポーカーフェイスのまま鍋つゆの袋を二つ掲げた。
「……陸兄さん。肌寒い季節の始まりは、あっさり系の『塩ちゃんこ』か、まろやかな『豆乳鍋』で胃を温めるべきです」
「ちょっと結衣ちゃん甘い話をしてるんじゃないわよ!」
右腕をがっちりホールドしてくる凛が、真っ赤な顔で割り込んできて激辛キムチ鍋のパッケージを突きつけてくる。
「寒さを吹き飛ばすならガツンと『キムチ鍋』でしょ! 汗かいて、フーフーしながら食べるのが鍋の醍醐味なんだから! 陸も辛いの好きでしょ!?」
「いや、俺はどっちも美味そうだと思うけど……」
「あー! あたしは『ごま味噌担々鍋』がいいー!」
背後からドカンと抱きついてきた葵が、無邪気に俺の背中に頬をすり寄せてくる。相変わらずの抜群のスタイルと柔らかい感触がダイレクトに伝わり、俺の理性がゴリゴリ削られていく。
「濃いめの味噌にうどん投入したら最高だし! 陸兄ちゃんに『あーん』してあげる!」
「ちょっと葵ちゃん! 混雑した通路で陸に抱きつかない! それに『あーん』はどさくさ紛れに企まないのっ!」
真っ赤になりながら葵を引き離そうとする凛。周りの客や店員から「あの男子高校生、美少女三人を連れて何の鍋揉めをしてるんだ……?」という熱い視線が刺さって痛い。
結局、鍋つゆは凛と結衣の折衷案で「濃厚鶏白湯」に落ち着き、次は具材売り場へ移動した。
「鍋といえば白菜と長ネギは絶対よね!」
気合十分で白菜をカゴに放り込む凛。長年の幼馴染らしく俺の好きなつくねもしっかりカゴへ投入してドヤ顔を決めてくる。
「……凛先輩、お肉のカットが大きすぎると火が通りにくいです。薄切りの豚バラと、私の好きなしらたきも入れます」
「〜〜〜っ!? 火の通りくらい私がちゃんと調整するわよ!」
「あたしマロニー入れるー! あとお餅!」
「葵、お餅はスープがドロドロになるから後半にして!」
ワイワイと喧嘩気味にカゴをいっぱいに満たし、パンパンになったレジ袋を四人で手分けして持って帰り道を歩く。
「……急に寒くなってきたけど、賑やかだと寒くないな」
俺が呟くと、俺の服の裾をキュッと引っ張っていた結衣が、小さく口元を緩めた。
「……はい。みんなで囲むお鍋は、温かいです」
「あたし、締めのご飯も買い足せばよかったって思ってる!」
「も、もう! 私が美味しく煮込んであげるんだから、感謝しなさいよね、陸!」
夕日に照らされながら真っ赤な顔で強がる凛の横顔に苦笑しつつ、俺はこれから始まる「我が家の鍋の季節」に、密かな楽しみと胃袋の限界を感じていた。




