第十二話 魅惑のすき焼き
「……で、なんでまた四人で鍋の周りを穴が開くほど睨みつけてるんだ?」
土曜日の夕方。我が家のダイニングテーブルの中央には、卓上コンロとピカピカの浅型鍋が鎮座していた。その横に恭しく置かれているのは、数日前に「高級肉カタログギフト」で注文し、無事に届いた特選A5ランク和牛である。綺麗なサシが入った見事な赤身肉を前に、三人の視線は熱を帯びていた。
「決まってるでしょ! お肉を入れるタイミングと割下の味付けで、すき焼きの美味しさは段違いになるんだから!」
胸を張る凛は、腕まくりをして気合十分だ。
「私はまず、牛脂でお肉を軽く焼いてから割り下を差す『関東風』の最高峰を目指すわ! 陸、あんたもまずは最高の肉そのものを味わいたいでしょ!?」
「いや、俺は美味しく食べられるならどちらでも……」
「……凛先輩、落ち着いてください」
ポーカーフェイスのまま静かに割り下と卵を用意していた結衣が、淡々と割って入る。
「和牛の脂が溶け出した割り下に、この新鮮な生卵を絡める……その一口でご飯が無限に進みます。陸兄さん、あーんの準備はできています」
「〜〜〜っ!? どさくさに紛れてまた『あーん』を企んでるわね結衣ちゃん!!」
「あ! あたしはお肉とネギを一緒に食べるのがいいー!」
元気よく手を挙げた葵が、そのまま身を乗り出して俺の右腕にすがりついてくる。
「陸兄ちゃん、最初の一切れはあたしと一緒に食べようよー!」
葵の抜群のスタイルの柔らかい感触が腕に伝わり、例によって俺の理性が削られかける。
「ちょっと葵ちゃん! 陸にそんなに抱きつかない! お肉の熱気よりそっちの熱気で陸がのぼせちゃうでしょ!」
真っ赤になりながら葵を引き離そうとする凛。
「まあまあ、折角届いたA5ランクのお肉なんだから、焦らず順番に焼いて食べようぜ」
俺が苦笑いしながら鍋に牛脂を引くと、香ばしい脂の香りが立ち上り、ジュウウ……と心地よい音が響いた。
一枚目のお肉を鍋に入れ、特製タレを回しかける。甘辛い湯気とともに一気に広がる魅惑の香りに、三人は一斉に息をのんだ。
溶き卵にくぐらせた柔らかなお肉を口に運ぶと、口の中で脂が甘く溶けていく。
「……ん美味しいっ! 陸、これすごいわ!」
「……絶品です。ご飯が進みすぎて危険です」
「陸兄ちゃん、おいしーい! おかわりー!」
先ほどまでのバチバチとした雰囲気は一転し、食卓はとろけるような笑顔と幸福感に包まれた。
結衣がそっと俺の服の裾をキュッと引っ張り、「……陸兄さん、すき焼きにして良かったです」と小さく口元を緩める。
「ちょっと結衣ちゃん、陸に密着しながら食べないの!」
真っ赤になりつつも満足そうにお肉を頬張る凛の横顔を見ながら、俺は賑やかで美味しい我が家の夕飯を心ゆくまで楽しんだ。




