第十一話 お肉の行方は
食卓を巡る三つ巴の審議
「……で、なんでまた全員で肉のカタログを穴が開くほど睨みつけてるんだ?」
二人三脚障害物レースの熱戦から一夜明け。我が家のダイニングテーブルの中央には、陸と葵が勝ち取った優勝賞品の「高級肉カタログギフト」が恭しく鎮座していた。
「何言ってるの陸! これは私たちの今後の食費と……そして、誰の提案が採用されるかという重要な戦いなのよ!」
ハチマキこそ巻いていないものの、凛が真っ赤な顔でカタログの「特選A5ランクステーキ肉」のページを力強く指さした。
「お肉の味をダイレクトに味わうなら、絶対にステーキ一択でしょ! 厚切りのサーロインをジューシーに焼いて……陸、あんたも肉って言ったらステーキでしょ!?」
「いや、俺は美味い肉なら何でもありがたいけど……」
「……凛先輩、甘いです」
凛の主張に待ったをかけたのは、ポーカーフェイスのまま「すき焼き」のページを開いてみせる結衣だった。
「高級和牛の旨味を甘辛いタレと卵で絡めれば、ご飯が無限に進みます。それに……すき焼きなら、一つの鍋を全員で囲んで、陸兄さんに『あーん』してもらいやすいです」
「〜〜〜っ!? どさくさに紛れて何を企んでるのよ結衣ちゃん!!」
「あ! あたしは『しゃぶしゃぶ』がいいー!」
バチバチと火花を散らす二人のかたわらで、葵が元気に手を挙げた。そのまま身を乗り出して陸の右腕にすがりついてくる。
「さっぱりポン酢でバクバク食べられるし! しゃぶしゃぶなら陸兄ちゃんに『お肉通して〜』っておねだりできるもん!」
「葵ちゃん! 陸にそんなに抱きつかないの! 体で誘惑して自分の意見を通そうとしないのっ!」
葵のグラマーな胸元が腕に当たって理性を削られかける陸を、凛が真っ赤になりながら慌てて引き離そうとする。
「うーん、どれも捨てがたいけど……肉の量とみんなの好みを考えると……」
陸が困り顔でカタログを繰っていると、結衣がそっと服の裾をキュッと引っ張ってきた。
「……陸兄さん。私は、陸兄さんが一番食べたい調理法でいいです」
「あ、ずるい結衣! 陸の優しさに付け込んで好感度上げようとしてるでしょ! 陸、私の手料理としてステーキ焼かせてくれてもいいんだからね!?」
結局、ステーキのジューシーさか、すき焼きの甘辛い幸福感か、しゃぶしゃぶのヘルシーな贅沢感か。我が家の食卓を賭けた平和で賑やかな戦いは、どこに落ち着くのか。
数時間後
「……で、なんでまた全員で画面を穴が開くほど睨みつけてるんだ?」
「決まってるでしょ! 注文画面の入力間違いは許されないからよ!」
我が家のリビング。タブレット端末をテーブルの中央に置き、四人で画面を囲んでいた。
激しい審議の末、選ばれたのはすき焼き用の特選A5ランク和牛。
「ふふ……甘辛いタレと濃厚な玉子、そしてお肉の脂が口の中で溶ける光景が目に浮かびます……」
普段はポーカーフェイスな結衣が、心なしか頬を緩ませてポチッと「注文を確定する」ボタンを押した。
「あーっ! 結衣姉が押しちゃったー! 届くの楽しみすぎるー!」
「ちょっと葵、喜びのあまり陸に抱きつかない! 画面が見えないでしょ!」
身を乗り出して「陸兄ちゃん、すき焼きの時は生卵割るのお手伝いするね!」と腕にすがりついてくる葵。その抜群のスタイルの柔らかい感触が腕に伝わり、相変わらず理性が削られかける。
真っ赤になりながら葵を引き離そうとする凛だったが、注文完了画面に表示された「お届け予定日」を目にした瞬間、一転してドヤ顔を浮かべた。
「……ふふん。届くのは今週末の土曜日ね。陸、土曜日の夕飯は私が腕を振るってあげるわ! すき焼きの割下、最高の黄金比率で作って見せるんだから!」
「……凛先輩。割下は市販の付属タレが一番安定して美味しいです」
「〜〜〜っ!? 手作りの愛情を否定しないでよ結衣ちゃん!!」
「まあまあ、二人の合わせ技で美味しく食べようぜ。折角の高級肉なんだからさ」
俺が苦笑いしながら宥めると、凛は一気に耳まで真っ赤にして「……陸がそこまで言うなら、一緒につくってあげてもいいけど」と明後日の方向を向いた。
数日後に届く「戦利品」を思い浮かべながら、我が家の食卓は早くも甘い熱気に包まれていた。




