母からのお願い
わたしが地味なのは自覚があった。
流行の服や髪型、化粧に命をかけているようなクラスメイトの女子とは別の人種レベルで興味が無かったから。
友人も親も、わたしにおしゃれを強要することが無かったのもあるけれど、キレイやカワイイと思っても欲しいとか、着たいと思ったことがない。
本当に興味が無かった。
地毛のストレートな黒髪は、パーマもカラーもしていないセミロングで、普段は飾りの無い黒ゴムでひとつ結び。
服は値段とコーディネートの楽さでファストファッションのみ。
シャツ、ブラウスは白、スカートやパンツ、アウターと靴は黒とグレ-ばかり。
大人の制服を意識して揃えている。
地味かもしれないけれど、どの組み合わせで服を選んでもきちんとして見えるし、堅苦しくもないので、仕事でも遊びでも着回せて便利なのだ。
化粧はナチュラルメイク。
つまり、顔、髪、服、のどれを見ても地味で華やかな色が無いのは、わたしの仕様だ。
ついでに性格も地味系だった。
趣味は読書と可愛い動物たちの動画鑑賞と、女友達とのカフェ巡り。
生きる活力として推し活やオタ活もしているけれど、ガチ勢から見たら何もしていないと言われそうな程度。
でも、わたしの人生には十分な潤いで癒やしだった。
そんなアラサーで地味で男性恐怖症持ちが、海外でワルツのダンススクールなんて、考えただけでも胃が痛くなる。
絶対に断ろうとしたら母が真顔になった。
「そうやっていつまでも逃げていたら一生そのままよ?
杏樹が好きになったわけでもない、見る目のないチャラ男にフラれただけじゃない。
っていうか、杏樹の良さがわからない男なんてゴミ以下だわ。
速攻で別れられて、本当に良かったと思ってるの。
世の中には本物の価値がわからないお馬鹿さんがいるのよ。
そして、どんな石の山からでも磨けば輝く宝石の原石を見つける男性もいるわ。
母からのお願いよ。
ダンススクールに行ってみて。
どうしても嫌だったら見学だけでもいいし、街を散歩でもいいのよ。
たった10日間だけだもの、チャレンジしてほしいわ」
生まれて初めての母からのお願いを、わたしは断ることができなかった。
ダンススクールがあるのはアロアベル共和国だ。
わたしは初めて聞いた国の名前だけれど、ヨーロッパにはバチカンやモナコなど小国と呼ばれる国がいくつもあると初めて知った。
飛行場にはダンススクールの先生が迎えに来てくれていた。
『杏樹さん 歓迎』と美しい漢字で書かれた紙を見て、日本語が通じると知ってガチガチに緊張していた身体からホッとして力が抜けた。
桜先生は日本の方で、ダンスが好きでアロアベルに留学して夫のペーターさんと出逢い、結婚されたそうだ。
「ヨーロッパの社交界でワルツを踊ることって、ちょっとプリンセス味があるじゃない?
私自身、素敵なドレスを着てお城で踊ってみたいと思った結果が今の生活よ。
実は杏樹のお母さんとは学生時代からのお友達なの。
おとなの女性のためのプリンセス体験をツアーにできないかって相談されてね、プリンセスならドレスよねって。
でも、ただドレスを着るだけではコスプレじゃない?
せっかくだからドレスでワルツを踊るなんてどう?
って話になって、その体験ツアーのモニターが杏樹さんなのよ。
杏樹さんは男子からマドンナ扱いされていた学生時代のお母さんにそっくりね。
私まで学生時代になった気持ちになって若返りそうだわ」
そう言って桜先生がころころと笑う。
母と同じ年齢のはずだけど、10歳以上若く見えて驚いた。
いわゆる『美魔女』だ。
そう言うと、「杏樹さんに若いと言われて光栄だわ。ダンスは美容と健康にも良いといわれるから、それが理由かもね」と微笑まれた。
母の学生時代の写真は知らないけれど、学生時代は男子学生にかなりもてていたらしいことは父が言っていたことがある。
そんな母から生まれたわたしが男性恐怖症で恋愛恐怖症なのだから、不甲斐ない娘だと思われて、強制ヨーロッパ行きだったのかもしれない。
幼少の頃はともかく、今のわたしにはプリンセス願望は無いけれど、桜先生の楽しそうな姿はわたしの理想の姿のように思えた。
念のため。
アロアベルという国は、現実世界に存在しません。
この世界にとても近い、別の世界での話です。




