わたしが男性恐怖症で恋愛恐怖症になった理由
ことの始まりは母からのお願いだった。
「有給を10日は取るように会社から言われてるのでしょう。家でゴロゴロしてスマホ見てるだけだったら、2週間ヨーロッパに行ってきてくれない?」
溜まっている有休を消化しないと上司が人事部から怒られるとかで、強制的に休暇を取るように言われたと先日話したからなのだろうが、どうしてヨーロッパ?
ちょっと隣町まで美味しいケーキを買って来て欲しい、というレベルではない。
ゴロゴロしているように見えるかもしれないけれど、可愛い犬や猫の動画を見るのは大切な趣味であり、癒やしなのだ。
「ヨーロッパ?」
「そう、ダンススクールでワルツを学ぶツアーのモニターになってほしいの」
母は旅行会社で企画を担当していて、最近は体験型の旅行を提案しているらしい。
フランスやイタリアの本場で料理やお菓子作りを学んだり、本物のお城に滞在してのアフタヌーンティとマナー教室などは人気企画だそうだ。
「日本人だとワルツって普通は踊る機会がないでしょう? 本場のダンススクールでワルツを習う短期滞在型の企画案が上がってね。体験後にアンケートに答えるだけで旅費は無料よ! とってもお得で行かなきゃ損!」
母の『行け』の圧が強い。
「でも、ワルツだとお相手が必要じゃない。日本語以外話せないのに、わざわざ海外で習う必要ある?」
『無料でヨーロッパ旅行』という言葉は大変魅力を感じるけれど、わたしは国内旅行しか行ったことがない。
言葉が通じない国への旅なら、ツアーコンダクターが居て、ホテルも食事も観光も言葉も全部丸投げできる団体ツアーが良い。
日本語ですら不自由なわたしには、パックとはいえ実質個人旅行ではハードルが高すぎる。
そして一番問題なのが、わたしは男性恐怖症で恋愛対象になりそうな年齢の男性が怖くて仕方が無いことだ。
ワルツを踊るのならお相手が必要で、女性同士で踊るなら良いけれど、男性だったら無理の一言だ。
例外はご高齢な方や、義務教育期間中の中学生までの男性。
つまり、枯れた方とお子様は大丈夫。
もしかしたら恋愛対象になるかも、という年齢の男性がとにかく苦手なのだ。
これには二つ理由があった。
高校の時に男子がふざけて行ったアンケートで、クラスで一番地味という栄誉(?)に輝いたのが一つ目。
おかげで付いたあだ名が『ジミーちゃん』。
なぜか校内中に名前が浸透して、卒業まで『ジミーちゃん』と生徒はもちろん、あだ名の由来を知らなかった男性教師にまで呼ばれたのは十分トラウマになった。
二つ目は大学時代。
人生初のデート中に、彼に大勢の前で「彼女として地味すぎて無理。今すぐ別れよう」と大声で言われてフラれたことだった。
研究室の飲み会にやってきた、ちょっとイケメンな先輩がかなり酔った頃、
「シンプル(地味)系の彼女もいいかもな。ギャル系と先週まで付き合ってたけどアホの子すぎてつまんなくてさ、先週別れたんだよね。この大学は頭が良くないと入れないから、キミとは楽しい会話ができると思うんだ。ね、付き合わない?」とナンパされた。
はやり酔っていた同期から「パリピな先輩なら大学生活楽しくなるよ!」と盛り上がって、次の週末にデートの約束をさせられた。
わたしは『彼氏いない歴・イコール・年齢』だったから、初デートという響きに胸がときめいたのは事実だ。
だが、彼の大声による人前での別れ話に、にぎやかだったおしゃれなカフェから一瞬音が消えたあの気まずさには泣きそうになった。
カフェ中の客の注目を集めて、怖くて恥ずかしくて『デートは恐ろしい』という認識ができてしまったからか、恋愛恐怖症にまでなってしまった。
ちょっと顔が良いチャラ系の彼氏と、地味な彼女の別れ話は「ヒドイ別れ話を見ちゃった」的な感じで、カフェに居合わせた数名が写真付き(一応顔は隠してくれていた)でSNSに書いたのを、インフルエンサーが「地味は悪くないよ。それが理由でフラれるなんて、かわいそうな彼女さん。彼氏が見る目なさすぎ」と取り上げて拡散してくれたものだから、大学で少しも嬉しくない有名人になってしまった。
しばらく通学できないほどつらくて、男性恐怖症で恋愛恐怖症になったのも仕方がないと思う。
恋愛恐怖症はともかく、男性恐怖症で仕事はどうしているのかと思われるだろうが、勤め先の中小企業の会社は社員を募集しても若い人は誰も来ないから、男性は定年退職間近のおじさんだらけだ。
女性社員も気さくなおば様か肝っ玉姉さんで、社内の人間関係に問題は無い。
事務職だから仕事の相手はパソコンか書類。
電話の応対は声だけだから、何とかなっている。
顔が見えないなら仕事に問題なく対応できた。
オンライン会議で一対一の相手が男性の時は、パソコンにカメラが付いていない(本当は付いてる)と言って、強制カメラオフにしていた。
ちなみに一対一でなければ大丈夫だ。
慢性人手不足で仕事は忙しいけれど、給与や休暇は国から怒られない程度で待遇されているから、高望みの無いわたしには十分だった。




