96.後日談
「以上が、ヤユ・オーケアの報告になります」
「おい。美談風に『強奪の魔王』を取り逃した話を処理しているんじゃねーよ。馬鹿野郎」
一週間後。西国ダルフ、首都レンの上空を覆っていた魔王城の破片はすべて取り除かれ、騒動は終わりを迎えた。
パラス国に戻ってきた僕は、そのまま魔王討伐戦線本部に連れていかれた、というわけである。
対面に座る白い翼を部屋いっぱいに伸ばす天使のような男、魔王討伐戦線のボス、エリク・オーケアはこめかみに皺を寄せてため息を吐いた。
「ダルフ国王族は死に、『強奪の魔王』は逃亡。主催のオルタ・ルーゼンは依然行方不明で、新たな魔王『不変の魔王』と新たな転生者も行方を追えていない。潜入捜査は失敗だった。最初から、魔王討伐戦線一番隊を引き連れてカチコミを入れるべきだったな」
「申し訳ありません」
「しかし、まあ、妥協点ではある。『強奪の魔王』の気まぐれとはいえ、『零の杖』を取り返せたのは大きい。これは、パラス国王族の阿保どもを黙らせる切り札になる。中身に天国の魔王が開発した魔法がストックされているのも悪くはない。これを解析すれば、十年前の悲劇を抑制することができるからな」
「運がよかったです」
「褒めてねーよ。ヤユ、俺はお前にもっと期待していたんだからな」
「どんな処分で受けます」
「当たり前だ、馬鹿野郎」
というか、処分だけで済むのだろうか。
晩餐会の帰還者は、僕とソクラ、そしてシン先生の三人だけだった。僕は自身に起きた出来事を何一つ隠すことなく報告し、シン先生の報告と照らし合わせている。
それはつまり、僕の正体も明らかになってしまったというわけだ。
ボスは天使の翼を揺らしながら、「『吸血鬼』天野ヒトミか」と言った。
「連続殺人鬼、悪魔の中の悪魔。転生者の中で、お前を知らない者はいない。それほど、天野ヒトミのネームバリューはあった。今回の騒動の元凶は『強奪の魔王』と『不変の魔王』、そして二代目『天国の魔王』オルタ・ルーゼンの三人に絞ってはいるが、お前こそ次の魔王になる危険分子だと判断するものも出てくるだろう」
「そうですね」
「だが、俺にとってはどうでもいいことだ。どちらにせよ、魔法による世界の平和はもうすぐ崩壊する。俺はな、ヤユ。来たる巨大な戦いに備えて信頼できる仲間を探している」
ボスはきっぱりと言い切った。
「今回の潜入捜査にお前を推薦した理由がわかるか?」
「魔王討伐戦線の中で転生者が僕しかいなかったからじゃないんですか」
「違う。お前が、天国の魔王と因縁のある生まれだったからだ。いいか、転生者っていうのは、前世の因縁を断ち切ることができない弱者のことをいうんだよ」
前世の記憶を持ち越すのは、単に別世界の魂だったからではない。未練が残ったものだけが転生すると、ボスは言った。
その未練を断ち切れるものだけが、この世界で生き残ることができる。
魔王として反旗を翻すのも、一種の自立だ。しかし、ヤユ・オーケアは前世に固執していた。
この世界で贖罪をするために魔王討伐戦線になった。それは、前世の地続きであることを体現していた。それでは、何にも慣れない。
「『吸血鬼』、『詐欺師』、『怪盗』、『放火魔』、『警察官』……、同じ時間を生きてきた転生者が、別の世界で同じ場所に集まったのは偶然なんかじゃない。同じ因縁を持っている転生者は惹かれ合う。天国の魔王城で開かれる晩餐会は、ヤユにとって運命の場になることは容易に想像できた。だから、お前を行かせたんだ」
魔王討伐戦線としてではなく、この世界で生きていくために、お前を推薦した。
ボスは冗談を言うような人間では無い。彼は、本心で言っている。
「魔王討伐戦線の潜入捜査は、失敗だった。それなら、ヤユ・オーケア。お前自身は、どうだったんだ? 今回の旅は、失敗だったか?」
目の前に立つボスを見る。
魔王討伐戦線の最高司令官としてではない。ペテロ町で落ちていた赤ん坊を拾った、育ての親の男がそこにいた。
「失敗じゃありません。僕は、天野ヒトミではなくヤユ・オーケアとして、生きていこうと決心できました」
「それなら良い」とつぶやいて、ボスは目を閉じた。報告会はそれで終わった。
部屋から出る前、ふと一つのことを思い出した。
晩餐会の当初に考えていた疑念。
「僕の相方は、どうしてソクラになったんですか?」
背中から、ボスの笑い声が聞こえた。この部屋に入って、初めての怒り以外の感情だった。
「前世と向き合った後、魔王に落ちてもらっては困るからな。飛び切り馬鹿で、真っすぐな魔法使いを院長に紹介してもらったのさ。ソクラ・スタウはどうだった?」
どうだったか。そんなもの、考えるまでもなく結論が出ていた。
「馬鹿で、真っすぐで。とびきり良い奴でしたよ」




