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95.閉門 3

 西国ダルフ、首都レンは未曽有の大混乱に陥っていた。


 十年前に猛威を振るった『天国の魔王』の遺産、空島が近づいてきたかと思えば、突如として爆散したのである。


 巨大な岩石が流れ星のように都市部に降り注ぎ、空中で静止した。フラン王女が元々用意していた王族護衛部隊に加え、国境間際で待機していた魔王討伐戦線が何とか間に合ったのだ。


「フラン・ミルター第三王女の行方は引き続き捜索中。晩餐会に参加したほかの招待客の行方もお二人を除いて見つかっておりません」


 ようやく地表に足をつけることができた僕たちに、魔王討伐戦線の一人が説明する。三番隊の一人である彼がここまで疲弊している姿は見たことがなかった。


 首都レンを目掛けたテロ行為である。パラス、ダルフ間で事前に結ばれた『城内で起こることにお互い手を出さない』という制約が無ければ、国際問題に発展したかもしれない。


 まあ、僕からしたらこの程度で何を騒いでいるのか、と呆れたくもなる。『無限魔力吸収砲撃』によって首都レンそのものが消し飛ぶところだったのだ。


 ダルフ国王族護衛部隊も、魔王討伐戦線も、魔王城内部で何が起きているか把握できていない。フラン王女と主催者のオルタを救出することで精一杯だった。


 僕らは、首都レンの魔王討伐戦線支部の仮眠室に隠れていた。


 今はゆっくり休めと、僕らを匿ってくれている。先輩のやさしさというやつだ。


 ソクラは、落下中に大気中の魔力をかき集めて減速しようと試みていたらしい。力を使い果たしたのか、隣のベッドで寝ている。


 世間一般的には事件が始まったばかりではあるが、ソクラの安らかな寝顔を見て、僕らの戦いは終わったことを実感した。


「入るよ」


 ノック音と共に、一人の男が入ってくる。

 魔王討伐戦線三番隊隊長。僕の直属の上司で、この世界で最も一緒の時間を過ごした先輩である。


「君、少し席を外してくれるか」


「え? あ、はい」


 隊員が首を傾げながら外に出る。仮眠室には、男と僕、寝ているソクラの三人だけになった。男は満面の笑みを浮かべながら僕の隣に座る。


「ヤユ、改めて、今回は大変だったね。こうして無事に帰ってきて嬉しく思うよ」


「あの、そんな下手な演技しなくていいですよ。『怪盗』」


 僕の一言で、先輩と名乗る男の表情は、より一層強い笑みへと変わる。口角を吊り上げ、そのままの表情で姿が変わった。


 白のジャケットに、紫色のシャツ。飾ったらしい指輪を全ての指につけた黒髪赤眼の男、ティール・オキニは肩をすくめた。


「二人きりの時はヤユとは別の呼び方をする独占欲の強いタイプ先輩だったのかな」


「いえ。他の隊員も下の名前で呼ぶタイプのフレンドリーな先輩なんですよ」


「あっそう」


 先輩の姿を盗んだのだろう。『零の杖』を持つ『怪盗』にできないことはない。


 親愛なる先輩を騙り、隠れて居る僕らのいる場所までたどり着いたことは流石『強奪の魔王』ではあるが、僕にとっては『怪盗』も親愛なる友だった。怒りより先に、彼の無事を嬉しく思った。


「で、何しに来たんですか。『詐欺師』に一杯食わしてやった祝杯でも上げに来たんですか」


「まさか。快勝というわけでもないだろう。ケプト、テラス、フラン王女は死に、新たな悪魔がカラス・ムーアの肉体に宿った。『詐欺師』こと『不変の魔王』は姿を晦まし、『強奪の魔王』であるお姉さんもこの後逃げる。正義の味方的には大失敗だったんじゃないか。祝杯をあげてる場合じゃない」


 社会を闇に覆う。悪魔の根源的な思想として、この結果は散々だった。『詐欺師』の一人勝ちだったのではないかと言われれば、否定することはできない。


 それでも、最悪ではない。本来ならば、十年前よりも悲惨な結末になっていた。


「被害は最小限、と割り切ることはできません。それでも、地獄の門を一時的に閉じることはできた。僕の敵が何かもわかった。それだけで、生きて帰ることができた意味があります」


「へえ。『吸血鬼』天野ヒトミから変わった君は、更に成長したのか。敵とは何だったんだ?」


「この世界の仕組み、ですよ」


 この世界は、魔法という不安定な力によって作られた仮初の平和によって成り立っている。 


 『詐欺師』の言っていたことは正しいのかもしれない。一連を振り返って僕はそう思った。


 他人を傀儡にする脳奪魔法。魔法を無条件に模倣する『零の杖』。魔法使いを一瞬で消滅させる『無限魔力吸収砲撃』。悪魔を地獄から呼び寄せる異世界の門。


 他にも、僕が知らないだけでたくさんあるのだろう。


 一つの魔法でこの世界は簡単にひっくり返る。そして、その魔法を規制する規則は存在していない。


 力を持つものが気まぐれで平和を維持しているのだ。

どれかが世間一般に浸透すれば、それだけで秩序は崩壊する。


 魔王を討伐し続けるだけで世界は平和にならない。


 それがわかっただけで、十分だった。


「そうかい」


 嬉しそうに、ティールは笑った。彼は僕の頭を撫でようとしたのか手を伸ばし、何かを考えた様子で手をひっこめた。


 そして、僕の手に何かを渡す。


 紫色の無機質な棒、『零の杖』だった。


「このままだと、お嬢ちゃんの任務は失敗、処分を受けるだろう。せめて、『強奪の魔王』から盗まれた秘宝を取り返した、という功績を持って帰るといい」


「いいんですか? 『怪盗』が盗んだものを手放すなんて」


「勘違いをするなよ。お嬢ちゃん、君だって、お姉さんが盗んだ宝物だ。まだ、手放したつもりはない。ただ、『零の杖』は思ったよりつまらなかったからね。これはもう、お姉さんには必要ない」


 ティールは目を細める。


「その杖がストックできる魔法は一つしかない。そして、今保持している魔法は、魔法使いを殺すことができる『無限魔力吸収砲撃』だよ。ゼンマイ仕掛けの動力装置がない今、その杖に新しい魔法を上書きすることは勿体なくてできないだろう? だから、もういらないんだよ」


 そして、危険な魔法をパラス国王族に渡したらどうなるか、見てみたい。ティールは冷たく言い放った。


 寧ろ、こちらが本命だろう。


 彼もまた、魔法によって縛られるこの世界の仕組みと戦うものだった。


「それじゃあ、お姉さん……、俺は逃げるとするよ。これ以上ここにいたら、君の先輩に見つかってしまうからね」


「そうですか。お別れですね」


「ああ。シン先生に会うことがあったら、よろしく言っといてくれ。彼がいたから、君と会うことができたんだからね」


 立ち上がったティールは宝石にまみれた指輪を見せつけるように、手を振る。蜃気楼のように、彼の体が薄れていった。


「お嬢ちゃん。いや、ヤユちゃん。来世とは言わず、今世のどこかで、また会おう」


 『零の杖』を手放したはずの彼が、何故か魔法を使っている。


 最後に使った魔法は、カラス・ムーアの複製魔法だ。つまり、彼は『零の杖』すら複製することに成功したのか。


 どこまでが本当で、どこまでが嘘かはわからない。


 それでも、また彼とはどこかで会えるだろう。奇妙な確信が僕にはあった。

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