97.誕生日
「誕生日おめでとう」
翌日。任務失敗による謹慎処分を受けていた僕の自室に先輩が現れた。
彼は何故か上機嫌で僕を見るなり最上級の笑顔を見せた。
「あれ、僕の誕生日って今日でしたっけ」
「いや。来月だよ。それでも、ヤユ・オーケアとして再出発をする君にとって、今日は第二の誕生日と言っても差し支えないだろう?」
変な話だ。
人間に誕生日なんて二つあってたまるか。一年に一回でも多いというのに。
そう文句を垂れようと思ったが、もとより僕の誕生日は二つあった。
天野ヒトミとしての誕生日と、来月あるヤユの誕生日。今更、二つあったものが三つになっても変わらない。
そういえば、僕は誕生日が嫌いだったと、ふと思い出す。
何の努力もせずに生まれてきたのに、何が記念日だ。生まれてくること自体に僕の意思はなく、自然の摂理として世に排出されただけ。祝われるようなことは何もない、そう冷たく考えていた。
それならば、前世と区切りをつけて、魔法の世界で戦っていこうと自らの意思で立ち上がった三つ目の誕生日こそ、記念日として相応しいのかもしれない。
「というか、今日が再出発の日なんですか? 僕の謹慎期間は一か月以上あって、処遇は保留と聞いていたんですけど」
「魔王討伐戦線は常に人で不足でね。新たな魔王の出現し、新たな魔王信仰者が増える。悩みの種はいつまでたっても消えないし、恒常的な問題に対処する余力もない。そうなれば、謹慎期間中に暇をしているヤユに声がかかるのも当然だろう?」
「あの、先輩。謹慎期間って意味わかります?」
「好き勝手に仕事をアサインできる、自由な期間ということだろう?」
魔王討伐戦線はとびきりブラックだった。討伐するべき対象が本当に魔王なのか考えさせられる。
「それに、今回はボスから降りてきた直属の命令だ。謹慎期間とか関係ないね」
「毎回ボスからの命令でしょ……」
まあ、文句を言うつもりもない。
謹慎期間中に仕事を与えてくれるということは、謹慎解除という意味に他ならない。世間体的に僕には罰を与えているが、ボスは許してくださったということだ。
「それで、次の仕事は何でしょうか。個人的には『強奪の魔王』の行方捜査に力を入れたいところですけどね。彼は、僕にとっても特別な人なので」
「『零の杖』を手放した『強奪の魔王』の優先順位はやや下がっている。彼の処遇は保留だよ。ずっと放置していた、もっと大きな問題に取り掛かることになったのさ」
「ありましたっけ」
「ヤユ……、何か、雰囲気変わったね」
呆れにも似たような細い目を向けてくる先輩に、思わずたじろぐ。
確かに、晩餐会の一件以降、僕に緊張感は無くなったのかもしれない。
天野ヒトミの罪を忘れたわけではないが、何も考えずに贖罪をすることはやめた。罪と正面から向き合い、正義に寄り添う。そう考えただけで、気が楽になったのだ。
先輩は何かを言おうとして、咳ばらいをした。
「まあ、いいか。今回は俺も一緒に任務にあたるから」
「ええ! 嬉しいですね」
「それと、もう一人」
「入っていいよ」と、先輩は扉の外に声をかける。
扉が勢いよく開かれ、中から一人の少女が飛び出してきた。
灼熱の如く燃える赤髪に、魔法学院高等部の制服を着た少女。彼女は、何故かホールケーキを片手に持っていた。
ホールケーキには、「誕生日おめでとう」と刻まれたプレートが乗っかっていた。
「魔法学院名門ソクラ家より、ソクラ・スタウさんに来てもらうことになった。魔法学のエキスパートだ」
「違うわよ! あたしはヤユの親友としてここに来たんだから」
彼女は誕生日ケーキを机に置き、僕に飛びついてくる。
驚きで声も出ない。何とも言えない感情が湧き上がってきた。
ふと、前世で『怪盗』に言われた言葉を思い出す。
『誕生日はね、人のために祝うんだよ』
なるほど、こういうことか。
実際の誕生日など関係ない。こうして、自分を認めてくれる人たちに囲まれることに意味があったのか。
僕は何も言わずに、ソクラを受け入れた。
「今回はこの三人で任務にあたることになった。相手は、百年間西国ダルフと戦争をしている震駭の魔王。フラン王女の追悼するというわけではないが、一つの戦争を終わらせて、俺たちが世界を救うというわけだ。ヤユ・オーケアの再出発に相応しい案件だろう?」
地獄の門は開かれ、悪魔たちがこの世界を蝕んでいる。
僕がこの世界に来た理由は明白だった。
神様はいる。僕に罪を償うチャンスをくれたのだ。
誕生日おめでとうと、神様から言われたような気がした。




