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93.閉門 1

 展示室に仕掛けられた地下への階段を隠す偽装魔法。解除するためには、勇者の剣を鞘から抜いた状態で魔法を唱えなければならない。


 勇者の剣には別の魔法が仕掛けられていて、触れたものの脳内に偽装魔法の解除方法が囁かれる。


 そして、脳奪魔法も剣に仕掛けられていた。

 

 血液を流すのが心臓ならば、魔力は魂である。解除方法というブラフに気が付かぬまま複雑な道筋に魔力を流した魔法使いは、その道筋を辿られて魂に魔法がかけられる。


 脳奪は肉体が崩壊しても解除されることはない。命令に服従する傀儡の完成、というわけである。


 唯一の誤算は、解除魔法のような『初歩的な細かい魔力操作』を得意としていない魔法使いがいた、ということである。


 ソクラ・スタウは予備動作無しで光速の魔力砲を放つことができる天才魔法使いではあるが、大雑把な魔力操作しかできない。故に、細かい魔力操作が必要な時は魔力石を消費していた。


 魔力石はその名の通り、魔力を固めた石だ。使い切りで魔力を流すことができ、疑似的に魂と同じ役割を担う。

 

 『怪盗』から脳奪魔法のメカニズムを聞いたとき、ソクラの魔力石の説明を思い出した。

 彼女は、展示室の偽装魔法を解除するとき、魔力石を使っていた。


 ソクラは、自らの魂を経由した魔法を使っていない。脳奪魔法は、ソクラに適応されていないのではないか。


 この仮説は、フラン王女が脳奪魔法を使用した後のソクラの動きを思い出して、確信へと変わった。


 ソクラは、僕に対して何をしたか。僕の体の上に乗って、両手両足を拘束した。それだけだ。


 それ以上のことはしていない。あれは、僕を守っていたのではないか?


 フラン王女が震駭の魔王城へ攻撃しようとしたときも、アランがダルフ国へ攻撃しようとしたときも。ソクラは、僕の動きを封じていた。


 ソクラは、脳奪魔法のメカニズムを把握していない。故に、脳奪されていないことを気がつかれないために、演技をしていた。


 あの状況では、大人しくしているのが一番安全だった。


 彼女にとっては、隣国が滅んでもどうでもいい。既に、世界の底に立っているものだ。僕さえ守ることができればいいと、そう考えていた。


 だからこそ、その枷を外すことにした。


『無責任に全てをめちゃくちゃにするしかない。ゼンマイ仕掛けの動力装置を破壊しなきゃ』


 先ほど、僕がアランに言ったことだ。実際は、ソクラに対しての合図だったが。


 もう、演技をする必要はない。ゼンマイ仕掛けの動力装置を破壊して、めちゃくちゃにしろ、と。


 僕とティールの攻撃は、全て陽動に過ぎない。目的は最初から、ゼンマイ仕掛けの動力装置を破壊することだった。


 異世界の門を閉じる。天国の魔王が残した遺産を使わせないために、壊すしかない。


 そして、成功した。


 ゼンマイ仕掛けの動力装置の中心、二つの棺桶を繋ぐ中央にある銀色の球体。その中心に、直径二メートルの穴が開いていた。


 歯車の高速回転は止まらない。しかし、次第に空振り、歯車が地面に落ちる。連鎖的に、ゼンマイ仕掛けの動力装置は崩れていった。


 一つの島を浮かばせ、異世界の壁に穴をあけるほどの魔力の引力。ゼンマイ仕掛けの動力装置の中は超高圧的に魔力が固められており、穴が開いたことによって一気に解放された。


 僕は反応できなかった。


 ゼンマイ仕掛けの動力装置に穴をあけたら、爆発するだろうなという漠然としたイメージしかなかった。故に、ゼンマイ仕掛けの動力装置が崩れていくのを見て油断してしまった。


 仕方がない話ではある。物理的な爆発はなく、僕には見えない魔法学的な爆発だったのだから。


 全身を突き抜ける奇妙な違和感。その正体に気が付いたのは、僕の少し前で走っていたフラン王女の姿が無くなったからである。


 僕は、その景色を見たことがあった。


 十年前、僕が生まれた日の出来事。


 目の前で、母親が消滅し、父親が蒸発した。


 『無限魔力吸収砲撃 天国の魔王城』、一人の天才が作り上げた、物理と魔法学の複合兵器。触れた魔法使いの器を破壊し、魔法が起動するための魔力を残さない。回復魔法の動力を失った魂は、現世に留まることができずに消滅する。


 魔法使い達は、消滅した。


 声をあげる暇もなかった。フラン王女が消えるのと同じく、地面もなくなった。動力室は音すら置き去りにしてひび割れ、天井の代わりに星空が広がっていた。


 空島が、真っ二つに割れたのである。


 下を見ると、夜に動く人々が照らす都市の夜景が広がっていた。ダルフ国の国境を越え、僕は夜の空に浮いていた。


 否、僕は魔法使いでも何でもない。足場がなければ、落ちるまでだ。


 上空二千メートルの自由落下。


「ヤユ!」


 僕を掴む手があった。同じ速度で落ちる仲間がいた。


 世界の底に立つ隣人、ソクラ・スタウは何故か五体満足の姿で、僕を抱きかかえた。


 二人の男女は、地に落ちる。


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