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91.悪魔達の協奏曲 8

 十分前。


「相手は『詐欺師』一人と、脳奪済みの魔法使いが四人。対して、こちらは人殺しと盗みが特異な『吸血鬼』と『怪盗』。相手はどんな傷でも五秒経てば完治できる回復魔法を持っていて、遠中近すべてのレンジで対応できる魔法を持っている。この状況を打破するためには、魔法使いとは戦わずに動力装置そのものを壊すしかありません」


 『怪盗』に対し、僕は持論を展開する。


 彼は『強奪の魔王』ではあるけれど、戦闘経験は乏しい。盗む、逃げることに関して彼の右に出る者はいないが、今回は戦わなければならない。


 かといって、アランだけを暗殺するということもしたくはない。僕はもう、誰も殺さないと決めているのだ。


「本来は今すぐ没収したいところですが、特別に、今回に限り、魔王討伐戦線の僕が、『零の杖』の使用を許可しましょう」


「これはお姉さんが盗んだものだから、お姉さんのものなんだよ。そんなに強調されても、返さないからね」


「……、わかりました。文句を言うのは後にします。それで、この状況をひっくり返せないんですか? それこそ、脳奪魔法を模倣して、フラン王女をこちら側にもっていくとか」


「無理だね。というのも、脳奪魔法は洗脳魔法と違って、相手を操っているわけではないんだよ。特定の条件下でのみ発動する禁術を模倣することはできても、想像通りの結果になることはないね」


「やけに詳しいですね」


「勿論、一度盗もうとしたことがあるからね」


 『強奪の魔王』は正しさを求めて物を盗む。偽りの歴史の上に立っているパラス国に疑念を抱いた彼が、秘宝『零の杖』を盗んだように、彼は魔法学の歴史から調査を行っていた。


 当然、ダルフ国の禁術にも辿り着く。過去に使われていたとされる禁術は、相手を傀儡のように操り、対抗勢力すら手駒にするほど強力なものだった。


 パラス国とは違い、ダルフ国は血塗られた歴史の上に立っている。禁術に関しては、『強奪の魔王』の琴線に触れるようなことはなかった。


「何せ、その原理が魔法学そのものを否定する脆弱性を突いたものだったからね。寧ろ、脳奪魔法を魔法使いたちが率先して使ってくれれば、この魔法による仮初の平和は崩壊する。そう思って、盗むようなことはしなかったのさ」


「脆弱性って何ですか?」


「ふむ、ヤユちゃんは……、『吸血鬼』時代は高校一年生だったんだっけ。情報の授業とかで、クロスサイトスクリプティング攻撃について学んだりしなかったかな」


「なんですかそれ。魔法?」


「まあ、一般的ではないか。お姉さんも、友達の『サイバーテロリスト』っていう悪魔から教えてもらったことなんだけど……」


 『詐欺師』、『吸血鬼』、『怪盗』、『放火魔』と続いて新しい悪魔が出てきたが、重要なのはそこではなかった。


 クロスサイトスクリプティングはインターネットで行われる攻撃手段である。ユーザーの画面に表示されるときに、攻撃者のスクリプトが混入して動作を乗っ取ることができる。ユーザは気が付くことなく別のページに遷移したり、入力した情報が抜き取られたりする。


 これこそが、脳奪魔法の原理だとティールは断定した。


 魔法の起動をするときに、別の魔法を仕込ませていた。持ち主が意図せずしてその道筋に魔力を流し込んでしまい、結果的に脳を提供することになる。


 洗脳魔法より強力なわけである。脳奪魔法は、魔法的観点で考えると、自分の意思で脳を提供したことになるからだ。


「ですが、ソクラやオルタさんならともかく、あれだけ警戒心の高いシン先生が、他の魔法を埋め込まれるようなことに気がつかないのでしょうか」


「そりゃ、正面からだったら誰でも警戒するさ。ほら、フラン王女が言っていただろ? 戦争は始まる前から終わっている。賢い奴が勝つって。彼女は、随分と前から仕込んでいたようだね。全員が一回は魔法を起動する瞬間を用意していたのさ」


「前って……、あ」


 心当たりがあった。


 天国の魔王城一階、展示室。動力室に続く地下への階段を隠す、偽装魔法。


 確か、あれは魔法使いだけに聞こえる解除方法を伝える声があって、それに従ったものが階段を見つけられるというものだった。


 最初に展示室にいたのは、ダルフ国の二人組だった。奴らは、脳奪魔法を偽装魔法に仕込んでいたのだ。解除方法を伝えることで、指示に従わせた。その行為自体が、脳奪魔法の準備に過ぎなかった。


「そして、『詐欺師』もまた、脳奪魔法の仕組みを知っていた」


 フラン王女の側近として長く使えていたアランだからこそ、脳奪魔法自体の脆弱性に気が付いていた。魔法が使えない転生者でも、脳奪魔法を使えることができる。


 それは、フラン王女に脳奪魔法をかけることだった。脳奪魔法の仕組みを解析し、フラン王女が仕掛けたそれに細工をした。フラン王女は、自分自身に脳奪魔法をかけていたのだ。内容は、アランに絶対服従とかにしておけばいい。


 フラン王女さえ手中に収められたら、彼女が脳奪魔法をかけた相手も自然と手駒になる。こうして、まるでアラン本人が四人の魔法使いを操っているような状況を作り上げられたのだ。


「厄介なのは、一度死んでも脳奪は解けないってこと。シン先生なんて、何回も肉体が消滅しているのに、未だに操られている。きっと、脳奪は回復魔法のように魂に直接作用する系統の魔法だろうね。禁術にもなるわけだ」


「なるほど……」


 と、僕は落胆する。魔法使いの四人の目を覚ませることができれば、アランなど脅威にならない。そう考えていたが、脳奪魔法の仕組みを聞けば聞くほど、難しそうだと思った。


 魂にかけられた魔法は、肉体の損傷に関与しない。つまり、死ぬまで脳奪された状態になるのではないだろうか……。


 まさか、展示室にかけられた奇妙な魔法にそんな絡繰りがあったとは。確かに、戦争は始まる前から終わっている……、いや、待てよ。


 もう一度、思い出せ。


 僕とソクラが初めて展示室に行った時、何をした?


 ソクラは何をしていた?


「どうした、ヤユちゃん。何か思いついたかい?」


 『怪盗』の言葉に、僕は返事ができなかった。


 思い出す、思い出す。


 最初から、最後まで、ソクラのことを、僕の相棒のことを思い出す。


 解決の糸口が、見えてきた。


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