90.悪魔達の協奏曲 7
「おかえり」
天国の魔王城、地下動力室。扉を開く前からゼンマイが高速回転する異音が鳴り響いており、室内では異様な光景が広がっていた。
金髪の女性が、両手を地面につき、下を向いている。背中を椅子代わりに座っている男は、僕らを優しい笑みで向かい入れた。
王族を踏み台にする『詐欺師』は、彼がこの先引き起こしたい地獄を体現しているようだった。ダルフ国の王族は死に絶え、混沌が広がるだろう。
そして、『詐欺師』の横につくように、オルタ、シン、そしてソクラの三人の魔法使いが控えている。彼らもそろって地面を見ていて、表情はない。
「まさか、君も来ているとは思わなかったよ、『怪盗』。平凡な商人で魔法学院七教授の付き添いという興味のそそらない役割をしていたティール・オキニ。正直、完全にノーマークだった。嬉しい誤算だよ」
「『詐欺師』さんも元気そうだね。お姉さんとしては、こんな再開は望んでいなかったけれど」
「どうして? 我々は、親友や仲間ではなかったけれど、お互いを利用するビジネスパートナーだったじゃないか」
アランとティールはどこか軽い雰囲気で、談笑する。両者とも目が笑っておらず、無意味な問答だった。
「『吸血鬼』天野ヒトミは魔王討伐戦線という正義側に回ろうとしているが、『強奪の魔王』として同じ罪を繰り返す『怪盗』ならば、再びビジネスパートナーになることだってできると思うのだが……。どうだ。俺と一緒に、世界を救わないか」
「世界の救済というのは魅力的だが、『詐欺師』さんが今からやるのは、大量虐殺だろう? これは、『怪盗』でも『強奪の魔王』でも変わらないお姉さんのポリシーなのさ。殺人は肯定も否定もするつもりもないが、賛同だけはもっとしない。血の匂いっていうのは、食欲がなくなるんだよ」
「ほら、ヤユちゃんも何か言っときなさい」と、ティールは僕の背中を押す。事前打ち合わせにないアドリブだったので、少し声が上ずってしまう。
「『詐欺師』。魔王討伐戦線三番隊副隊長として、お前を魔王として認定する。決して変わることのない底なしの悪、『不変の魔王』として、今、ここで、お前を倒す」
「だってさ。お姉さんも、『強奪の魔王』として『詐欺師』の不変性を簒奪させてもらうことにしたよ」
ティールは左薬指に付けていた紫色の指輪を輝かせる。彼の手に握られたのは、パラス国の秘宝『零の杖』。僕もまた、愛用している刃渡り二十センチのナイフを手に取った。
「そうか。契約締結ならず、か。残念だよ。『吸血鬼』も『怪盗』も、お得意様価格で契約してあげようと思っていたのに。まったく、下請けに断られたら、上流工程が困るんだよな。まあ、また次を探せばいいか」
僕らが臨戦態勢に入ったことを理解したのか、アランも椅子から降りた。未だに四肢を地につける金髪の女性の髪を引っ張り、宛ら武器のように構える。
「何せ、地獄の門は開かれているんだ。いいのか、正義の味方、勇者たちよ。早くしないと、新たな魔王が誕生するぞ」
彼の言葉に反応する様に、黒剣が飛んでくる。アランはシン先生を軸に戦うらしい。
賢い判断だった。予備動作無しの魔力砲を打つソクラ、脳奪を始めとした精神魔法を扱うフラン王女、そして自立型魔道具を操るオルタ。四人の魔法使いの中で、物理的な質量をもつ黒剣を操るシン先生を戦わせることが、魔法の効かない転生者にとって有効だった。
だが、一点彼の見誤りがあったとすれば、僕が既にシン先生と戦ったことがあるということだった。
シン先生の強みは駆け引きにある。魔力によって構築されている黒剣は、彼の手のひらから出し入れすることができる。投擲し手持ちがなくなったかと思えば手元に出現し、攻撃を受け流すことも受け止めることも意味を成さない。
既に、対策済みだった。
僕に向けて放たれた黒剣を一回転して避ける。その僕の背後でティールが『零の杖』を振った。
代々王族に継承され、魔法学の信仰の対象ともされているパラス国の秘宝は、万物の奇跡を模倣する魔道具だ。
魔法を放つためには、道筋と動力が必要である。その道筋を、『零の杖』は過程を飛ばして模倣できる。問題の動力は、ゼンマイ仕掛けの動力装置によって十分に満たされていた。
ティールがタクトを振るうと、僕に合わせるように頭上に黒剣が投げ飛ばされた。
シン・テーゼの魔法を『強奪の魔王』が盗んだのだ。
自身が投擲した黒剣とは別のものが、シンの首元を狙って飛んでくる。普段の彼ならば冷静に対処できたかもしれないが、今のシンは脳奪状態、指示がなければ動けない傀儡に過ぎない。
自身の黒剣を手元に出現させ、防御に回ろうとするが、既に黒剣はシンの首元まで迫っていた。剣を払う暇もなく、シン・テーゼの頭部は胴体と離れ、血の雨を降らせる。
直後、回復魔法が起動する。血液を蒸発させるように白煙が噴出する。しかし、頭部のない肉体の前には『吸血鬼』が追いついていた。
血が、無くなるなんてことは許されない。回復しかけていた首元にナイフを突き立て、勢いよくスライドさせる。頸動脈から再び血液があふれ出し、白煙が立ち上り、ナイフを赤く塗らす。
白煙が動力室を覆う。先手は僕らが取った。直ぐに、別の魔法使いが僕らを襲ってくる。
最後の戦いが始まった。




