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88.悪魔達の協奏曲 5

 魔王討伐戦線は魔法学院を母体としている軍事組織で、本拠地のあるパラス国とは深いつながりがある。


 魔王討伐戦線のトップであるボス、魔法学院のトップである院長、そしてパラス国の王族。三つの利権によって板挟みにされているのが魔王討伐戦線ではあるが、その中でも王族の意見は優先順位が最高に設定されている。


 理由は単純、ボスや院長と違って、融通が利かないからである。


 そのため、パラス国の秘宝『零の杖』を盗み、王族に直接喧嘩を売った『強奪の魔王』は死刑宣告がなされており、魔王討伐戦線としても早急に捕まえなくてはならない悩みの種だった。


 実際、今回の潜入捜査も『異世界の門』といういかにもなお宝に釣られてくる魔王を捕まえることこそ、潜入捜査の目的の一つだったわけだが……。


 『怪盗』が『強奪の魔王』に転生し、招待客に紛れて来ていた。これは、何のひねりもない当然の結果ともいえる。


 親愛なる友との再会に踊っていた心は沈下していき、代わりに魔王討伐戦線として怒るヤユと、それを宥める冷静な天野ヒトミの二つの感情が湧き出てきた。


「『怪盗』、自分がやらかしたことの重大さをわかっているんですか? お前が盗んだパラス国の秘宝は、魔法学の信仰対象にもなっていました。未然に防げなかった僕たちは何故か処罰を食らうし、都市全体で混乱が収まらないし、めちゃくちゃ大変だったんですよ」


「それは仕方がないことだね。物を盗むということは、他人の権利を侵害することだ。影響は計り知れないことくらい、何十年も『怪盗』をやっていたお姉さんは十分理解しているさ」


「そこまでわかってて、なんで繰り返すんですか。せっかく一度死んで、人生をやり直せたというのに」


「性欲に飲まれて人を殺しまくっていたヤユちゃんの口から出たセリフとは思えないな……」


 自身をお姉さんと自称する美青年は、煌びやかな指輪を見せつけるように手の甲をこちらに向ける。


「だけど、ヤユちゃんの言う通りだ。『怪盗』は死んだ。社会を闇の底に落とし、混乱した下界を見ながら食欲を満たすあの悪魔は死んだんだ。ヤユちゃん……、お嬢ちゃんが死んでから、お姉さんのほうでもいろいろ心境の変化があってね。悪魔として欲望に忠実に生きることはやめたんだよ」


 どこか、寂しそうに彼は笑う。自分を曲げてしまったことに対してか、それとも天野ヒトミの死に対してなのか。


「生まれ変わって、この世界に降り立って。今回は、正しい選択をしようと決めたん。『吸血鬼』を殺した天野ヒトミのように、正しい選択をね」


「でも、魔王になっているじゃないですか」


「ああ。正しさを進んだ結果、お姉さんは『強奪の魔王』になっていた。ヤユちゃん、魔王を頭ごなしに否定する組織に所属していたらわからないかもしれないが、魔法使いたちの言っていることが必ずしも正しいとは限らないんだよ」


 それこそ、『詐欺師』が言っていたように。


 フラン王女は、『震駭の魔王』と戦うために、魔王城のある南国を滅ぼそうとしていた。もともと、ダルフ国は脳奪による支配で力をつけてきた軍事国家だ。過去にも同じように、目的のために犠牲を生んできたはずだ。


 回復魔法だってそうだ。一種の不死性は、仮初の平和しかつくれていない。何も、戦争が起きているのは魔王に対してだけではない。魔法使い同士の争いが消えないのにも、理由があるはずだ。


 ティールは左手の薬指につけてある紫色の甲丸リングに触れる。まばゆい光をともした後、二十センチ程度の紫色の棒状のものが、彼の左手に握られていた。


「パラス国秘宝『零の杖』。神の子が残した、万物の軌跡を再現する神具だ。この杖を継承されているからこそ、パラス国は魔法学の聖地として世界から認められているし、王族は神の末裔として崇められている。だが、しかし。ヤユちゃん。これはどう見える?」


「こんなに滑らかな材質の物体を、太古の人間が作ったというのは驚きですね」


「そうだ。このレベルのものを、昔の人間が作れるわけがない。『零の杖』は、近代魔道具だったのさ」


 神具を所持していると豪語していた王族ではあったが、それ自体が偽りだった、というわけだ。


「パラス国王族は民衆を騙して支配している。脳奪していたダルフ国と対して変わらないわけさ。歴史のある魔法使いたちが嘘の歴史を築き、市民たちを支配しているんだ。魔法という不明瞭なものを中心に添えているこの世界が正しいとは、どうしても思えない」


 魔法を否定する事で正しい世界を導こうとする我々魔王と、別世界を否定する事で歪な魔法を肯定しようとする魔法使い達。


 本当の正義はどちらにあるのか。


 直ぐには答えを出せない、難解な問いだ。


 それこそ、第三の難問など、比にならない。


「なるほど、つまり、義賊になった、というわけですか。だから、『詐欺師』にも、フラン王女にも加担しない、と」


「そうだね。でも、お姉さんは魔王討伐戦線と協力するつもりはない。あの組織も、裏がある。正しい行いをした結果、魔王と侮蔑されて処刑された者同士もいるんだ。まあ、それでも、こうしてお姉さんがヤユちゃんを助けたのには理由があるのさ」


 「はい」と、ティールは僕の手に何かを置いた。『零の杖』ではない。もっと質量のなく、面が広い……、一枚の紙だった。


 どこかで見たことがあるような気がする。えっと、なんだっけ。


 思考を巡らせる僕の目に、紙に書かれた日本語が飛び込んできた。


 『天野ヒトミへ』、達筆な文字で書かれたその紙は、『放火魔』菅原コウが残した遺書だった。

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