87.悪魔達の協奏曲 4
「世の中には、論理で説明できない悪意を持った人間が多数いる。人を殺すものもいれば、火をつけるやつも、何でもかんでも盗むやつもいる。『詐欺師』の阿保はそんな連中のことを悪魔だとか抜かしていたが、そんな悪魔達が異世界の門を潜って現れてくるのならば、地球のことを地獄と呼ぶのは適している」
そういえば、テラスがこんな事を言っていた。
転生という行為は地獄の門を通ったもの同然だ、と。しかし、実態は僕らがいた地球こそが地獄だったのだ。
悪魔が地獄の門を潜ってくる。
魔法を否定し、異世界の概念を押し付けてくる。
『放火魔』から始まり、『吸血鬼』が続き、『詐欺師』が盤面を整えた。そこに『怪盗』が加わっても、同窓会が始まったとしか思えない。
「まあ、悪魔であり魔王であるお姉さんにとっては、不名誉なレッテルにため息を作りたくなるわね。人間なんて、立場によって見え方が変わるだけで、欲望の傀儡であることに変わりはないもの。転生者であっても、魔法使いであってもね」
シワひとつない白のジャケットに、紫色のシャツ。飾ったらしい指輪を全ての指につけた黒髪赤眼の男は、コップに注がれた液体をぐいと飲み干した。
どこからか取り出した別のコップを僕に渡した。お姉さんと自称する男に合わせて僕もコップを飲む。冷えた水だった。
「ティール・オキニ。まさか、貴方が『怪盗』の転生先だなんて思いませんでしたよ」
「驚いたかい」
「まあ、それなりに……。正直、動力室では二転三転しすぎて、キャパオーバーというか」
飾ったらしく笑う美男子のティールと、陰鬱としたダウナー系の女子である『怪盗』はいまいち重ならない。
しかし、大量の自立型魔道具で地面に縫い付けられていたあの状況から抜け出し、僕を救うその手際の良さは、『怪盗』以外の何者でもない。
嬉しさ半分、安堵が半分と言ったところだった。
そもそも、天野ヒトミにとって『怪盗』は親愛なる友だった。最後まで僕に寄り添い、同じ悪魔として隣に立っていた彼女には今だに恩がある。
そして、動力室から抜け出せたことによる解放感は、半端では無かった。
『詐欺師』との会話は頭がおかしくなりそうだった。思考が歪み、悪魔へと引きずり戻されていきそうになる。
今いる場所は、天国の魔王城、二階。オルタ・ルーゼンの自室兼モニタールームである。投影魔道具を起動し、地下から誰も出てきていない事を確認できていた。
少なくとも、『詐欺師』は僕らの処遇を保留することにしたらしい。
「こちらはお嬢ちゃん……、ヤユちゃんが『吸血鬼』であることはすぐにわかっていたけれどね」
「どうしてですか?」
「初日のことだ。第一の難問を解いたお姉さんとシン先生が、このモニタールームで答え合わせをしていた時、衣裳室に君たちが入ってきた」
種も仕掛けもない。
単純に、僕が異世界の門ーー前世を映す鏡の前を通り過ぎた瞬間を、モニター越しで見ていたのだ。
その場には、オルタやケプトもいた。ケプトーー菅原コウが僕の正体に気がついた理由もわかった。
『怪盗』も『放火魔』、最初から僕の正体に気がついていて、放置していたのだ。
「『怪盗』、こうして助けてくれたということは、貴方は味方ということでいいのよね。一緒に、詐欺師を止めることに協力をしてくれるのでしょう?」
「それは違う。お姉さんは、『詐欺師』の考えには賛同している」
「なに!」
咄嗟に立ち上がり、ティールと距離を取る。助けていただいた身分の人間がする反応ではないが、やっと手に入れた自由だった。
『怪盗』であっても、敵になるのならば容赦はしない。彼女ーー彼だって、食欲に溺れた悪魔だからだ。
「勘違いするなよ、ヤユちゃん。お姉さんが賛同しているのは、『詐欺師』そのものじゃない。奴の考えだ。奴の言っていることは、あながち間違いじゃないんだよ」
魔法使いと転生者は本来同じ人間である筈だ。傲慢な魔法使い達が作り上げるのは、一時的な仮初の平和。何れ限界が来る。
だからこそ、回復魔法を打ち砕き、世界を作り直す必要がある。
「ヤユちゃんだって、本当は気が付いているはずだ。この世界が、綱渡をし続けていることに。根本的な魔法学の研究は進んでおらず、魔力の持つ破壊的エネルギーを利用しているだけにすぎない。穴を突かれれば、無限魔力吸収砲撃のような兵器が出てくる。きっと、明らかになっていない脆弱性は沢山ある」
便利だからと言って、AIをシステムに組み込んではならないという話と同じだ。再現性は乏しく、出力は状況によって変動する。
そんな魔法が扱える事が、その人間の価値に直結する。魔法による社会は、歪で脆いのだ。
「魔王を殺せと民衆は騒ぐが、本当の正義はどちらにあるんだ? 魔法を否定する事で正しい世界を導こうとする我々魔王と、別世界を否定する事で歪な魔法を肯定しようとする魔法使い達。お姉さんはね、平等に世界を見た後、世界を救いたいと思ったんだよ」
「まるで、魔王側の意見ですね」
「魔王だからさ。お姉さんは『強奪の魔王』。当初は、異世界の門を盗むためにここに来た」




