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86.地獄の門は開かれた

 西国ダルフ第三王子アラン・ミルターの正体は、転生者の召使で、『詐欺師』だった。


 二転三転する彼の素性ではあるが、これ以上深掘りすることはできない。


 僕の前世の母、天野メグミの知り合い。『吸血鬼』の後処理を『放火魔』に依頼する。『吸血鬼』の存在を世間に公表し、混乱を巻き起こした。


 事実ベースで語れることはこの三つくらいだ。『怪盗』も『詐欺師』とは知り合いのようだったが、詳しい話は聞いていない。


 そして、契約は必ず守るという、『詐欺師』という名に反する律儀な性格の持ち主だ。逆に、契約以外の全てを破壊する残虐さも持ち合わせているが。


 これが、僕の知っていることの全ての情報だ。


 僕は『詐欺師』のことを何も知らないのだ。


 知らないだけ。


 知らなくてもわかることがある。


 人間は欲望に嘘をつけない。


「別に、僕はお前を恨んでいるわけじゃない。サトルくんを殺したのも、お母さんが自殺したのも。警察官に追われたことだって、全部僕の責任だ」


 そこには性欲があった。


 血を飲むことによる性的快楽に溺れた僕は破滅の道を進んだ。『詐欺師』はレールを敷いただけで、僕は自分の意思でその道を歩いていた。


 欲望が先にあって、後に行動が続いた。その行動が悪に染まった者が、悪魔となる。


 それは、『詐欺師』にも適応される。


「お前は、安眠したいだけだと言っていた。平和な世界に悪魔の居場所はなく、地獄の中でないと熟睡できない。『詐欺師』は睡眠欲に踊らされた、僕と同じ悪魔だった」


「よく覚えているな」


「お前にとって『吸血鬼』は数多くの悪魔の一人かもしれないが、僕にとって『詐欺師』は初めて出会った悪魔だ。お前のことは何も知らないが、本質だけは理解できている。睡眠欲に取り憑かれたお前にとって、世界が救われるなんてことはあってはならない。寧ろ、逆だろ」


 日本と何も変わっていないのだ。


 魔法使いが魔王を排除するこの世界と、悪魔という犯罪者を駆逐する地球。どちらも僕らの居場所は無かった。


 それならば、西国ダルフを滅ぼそうとするアランの動きは、菅原コウが放火をするのと何ら変わりはない。


「それだけじゃない。『詐欺師』、お前の本質は、世界が終わっていく様子を眺めることにある。自分が手を下すこともなく、舞台袖から悪魔達を見て惰眠を貪る……、なるほど、そうか。それが狙いか」


 今更、僕がアランの企みに気が付いても意味はない。招待客は皆、彼の手中に収まり、身動きの取れない僕に勝ち目はない。


 それでも、僕は吐き出した。彼の狙いを言い当てることが、最後にできる僕の悪あがきだった。


「転生者を、呼ぼうとしているな?」


 無限魔力回復魔法が起動し続け、周囲の魔力を吸い込み続けるテラスの肉体に引き寄せられ、異世界の壁を越える。魂は空になった器に収まり、目覚める。


 ケプト・ルーゼンは、そのような手順でこの世に生まれた。

 

 彼にとって、全ては過程だ。安眠をするための、道でしかない。


 無限魔力吸収砲撃ですら、おまけにすぎない。


 異世界の門を開き、転生者を呼び込む。そのために、彼はこの状況を作り上げたのだ。


 僕の負け惜しみに近い、最後の発言に『詐欺師』は笑った。


 御名答、と彼は頷く。


「世界を救いたい……、これは本心だ。こんなにも歪な世界に救いの手を差し伸べられるのは、我々悪魔くらいなものだ。故に、俺は同じ悪魔を呼び込む。『吸血鬼』や『放火魔』が暴れていた令和の日本のような、正しい道へ導く。それが、俺が第二の人生を与えられた意味だと確信している」


 回復魔法が無くなり、魔法文明が終わる。その程度で終わるほど、『詐欺師』は甘く無かった。


 悪魔達が、やってくる。


 際限なく。そして、魔王となって、この世界を終わらせるだろう。 


「いずれ魔王になる転生者達よ。地獄の門は開かれた」


 アランがフラン王女に何かを命じた。機械のように頷く彼女は、動力装置に近づく。


 魔力砲が放たれる。西国ダルフの王族は死に絶え、震駭の魔王との戦争もなし崩し的に負けるだろう。


 これは始まりにすぎない。


 新たな魔王として君臨する『詐欺師』と、それによばれた別の悪魔達。転生者達による国がつくられるかもしれない。


 魔王討伐戦だって、全てに対処できるわけではない。

回復魔法は打ち破られ、死者が増大する。


 そして、惨劇の全てを、僕は見届ける。


 『吸血鬼』天野ヒトミが悪魔たる所以を知っている『詐欺師』は、僕に見殺しを強制させるだろう。


 悪魔に戻るように強制させられる。


 そうなるくらいなら、死んでしまったほうが良かった。


 自分を裏切ることになるくらいなら。

 僕を信じてくれたソクラを見捨てるくらいなら。


 ヤユ・オーケアの人生はもう、不要だった。


 天野ヒトミのように、テラス・ムーアのように。潔く、自決するしかない。


 散々人を殺してきた殺人鬼の末路としては正当な結末だった。一度あることは二度ある。三度目の正直、僕は次の人生で償い続けるしかなかった。

  

 来世へと続く。


 筈だった。


「まだ、地獄はこれからだろ?」


 どこからともなく声がする。


 僕を掴む手があった。それが、唯一動けるアランによるものではないことは、彼の驚愕に満ちた表情を見たらわかった。僕を押さえつけているソクラからも、驚きの声が漏れている。


 全てを嘲笑うような笑い声が、四方から聞こえる。


 直後、失明をするかの如く強い光が全てを覆った。その場にいた脳奪済みの招待客の思考すら真っ白にする。


 残されたのはアランと傀儡達、そして空を地面に押さえつけているソクラだけだった。


 この瞬間、何が起きたか理解できたものはいないだろう。


 ただ一つだけ結果だけが残っていた。


 一度この状況を見届けた経験のある『詐欺師』は、遅れて状況を把握するだろう。


 『怪盗』が、『吸血鬼』を盗んだのだ。


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