85.救済
この世の表に出ている情報の中で、真に正しいものは限られている。
事件性のあるものは特にその傾向にある。悲惨な真相を公にする必要がないと判断された場合や、そもそも真相がつかめず憶測で語ることしかできない場合など、多岐にわたる。
その中でも、クリスマスに起きた天野家内の殺人事件は湾曲した形で世に出た、偽りの情報だった。
天野ヒトミは有明サトルを殺した。
殺してしまった。
しかし、世間一般としては、有明サトルを殺した犯人は『放火魔』菅原コウとされている。
連続放火魔、菅原コウ。悪魔そのものといってもいい大罪を背負う彼に、今更殺人の罪状が加わったとしてもだれも違和感を覚えない。
有明サトルの殺人に関して、天野ヒトミという単語すら出てこない。
後に『吸血鬼』になる僕であっても、繋がりを見いだせたものはいない。それほど、平和を脅かす菅原コウの存在は大きく、被害者の一人でしかない有明サトルの死は小さなものだった。
だからこそ、フラン王女は有明サトルの名を騙り、天野ヒトミを糾弾することに成功した。
彼女は有明サトルに似ても似つかない。当然だ。フラン王女は転生者ですらなかったのだから。
それならば、有明サトルの情報をフラン王女に伝えたアランこそが、有明サトル本人なのか。否、そんなことはありえない話だった。
有明サトルは嘘をつかない。
隠し事をしない。
正しさをもとに生きていた。
目の前の金髪の男はどうだろうか。
自身の使える王女すら騙し、いたずらに大勢の人間を殺そうとする。
最後の最後、完全に自分にとって利がある状況になるまで。表舞台に立つことなく、裏で手引きをし続ける。
有明サトルの死に関する真相を知っていて、宛ら舞台監督のように袖で全てを見通す男。
そんな悪魔のような男が『詐欺師』以外に誰がいるだろうか。
アランは僕を見下ろす。正体が明かされたというのに、一切の表情を変えない。雰囲気も何も変わらない。
王子になりすまし、魔法使いの振りをする。そして、フラン王女の使いという役割すらも演技の一環だった。それなのに、彼は最初から『詐欺師』だった。
フラン王女は、悪魔と契約してしまったのだろう。そして、その契約が先ほど切れたのだ。
ゆえに、『詐欺師』は牙をむいた。
彼を縛るものは契約だけだった。
『詐欺師』と契約したものがどうなるか、僕は身をもって体感している。
「天野ヒトミ。何か勘違いしているようだな」
『詐欺師』アランはため息を吐く。
「魔法使いはお前の味方ではない。転生者として生まれた我々と、魔力に縛られた改造人間は全くの別だ。魔王討伐戦線に属していたことには驚きだが、何れ限界が来る。転生者と魔法使いが分かり合うことなんてできないのだ」
正しさを説くように、彼は囁く。
「紐解いていけば、魔法使いというのも根本は俺たちと同じただの人間だ。遥か過去に、一人の天才が魂を魔力を取り扱えるように作り替えた。過去の偉人の恩恵を得ているだけで新人類のように立ち振る舞う魔法使いは醜悪だ。その傲慢さが作り上げられるのは、一時しのぎの仮初の平和だけだ」
「だから、西国ダルフを滅ぼすのか」
「そこが、お前の勘違いしているところだ。天野ヒトミ。滅ぼすのではない。作り直すのだ」
振り返り、ゼンマイ仕掛けの動力装置の前に立つ『詐欺師』。彼は、高速で動く歯車に目を輝かせた。
「この無限魔力吸収砲撃は無限の可能性を秘めている。魔法使いから魔力を吸い取り、死に至らしめる。しかし、その本領は、魔法使いの殺し方を世界に知らしめることにある」
十年前の天国の魔王は失敗した。魔王が使う未知の攻撃によってペテロ町は滅んだ、という薄い情報しか表にだすことがなかった。
異世界の未知の技術などではない。無限魔力吸収砲撃は魔法の原理を科学的に解明し、その穴を付いた研究成果物だった。仕組みを、論理を、正しい情報が世界の明るみに出れば、それが常識になる。
魔法使いを誰でも殺すことができるようになる。魔王が特別でなくなる。
回復魔法による不死性は失われる。
仮初の平和は失われる。
「わかるか、天野ヒトミ。俺が今からすることは、転生者全員の悲願だ。我々が差別されることはなくなり、ようやくこの世界に受け入れられるようになる。これは、お前が正しく生きていくために、必要なことでもある」
故に、『詐欺師』は正義を掲げる。
「契約しよう、『吸血鬼』天野ヒトミ」
僕の否定などなかったかのように、彼は手を広げた。
「一緒に、世界を救おうじゃないか」




