82.銃口の向き先 3
「オルタ・ルーゼンに命じます。ティール・オキニを拘束しなさい」
オルタ・ルーゼンはつばの広い赤帽氏を深く被っているので表情も見えず、何を考えているのかわからない。いつものように「認めましょう」と言葉を返すこともない。
彼女は淡々と行動で答える。配膳の時にも利用していた宙に浮く無数の魔道具が、動力室から逃げ出そうとしていたティールを包み込む。情けない声を上げて、ティールは地面に伏した。
これで、フラン王女に立ち向かえるものはいなくなった。
「この魔法が気になりますか」
つま先で僕の顎が持ち上げられ、目線を無理やり合わせられる。王族が下民を見下すような構図ではあったが、彼女の表情は明るく、何故か親しげだった。
「歴史の長い国には、禁忌の魔法が存在します。国を作り上げるために使ってきた基盤であり、だけれど現代社会には強力過ぎて封印された王族だけが使える魔法。ほら、パラス国にもあるでしょう? 三大秘宝と呼ばれている代物が」
「ダルフ国の基盤となった魔法は、洗脳だったということ?」
「ふふふ。違いますよ。ダルフ国の禁忌は脳奪魔法です」
思考や行動を洗い流すよりもたちが悪い。脳を奪うということの恐ろしさは、僕を黙って拘束し続けるソクラや黒剣を向けてくるシン先生の奇行を見れば痛いほど理解できた。
魔法なので転生者には効かない。それでも、ソクラ、シン先生、オルタの三人の魔法使いが傀儡となっている以上、ただの人間である僕に叛逆する手立ては残されていなかった。
フラン王女は屈み、嬉しそうに僕の頭を撫でる。この状況を作り上げられたことに満足し、あまつさえ僕に感謝の意を示している。
これは不思議なことではない。彼女にとって僕という存在はこの状況を作り上げるためには必要不可欠なパーツだったからだ。
『吸血鬼』天野ヒトミ。他の招待客の注目を上げ、殺人鬼を生み出すための囮。思えば、第一回捜査会議で「有明サトル」を騙り、僕をはめたのは彼女だった。
それだけではない。カラスがケプトを殺すことができたのは、アランが魔法使いではなく転生者であると気が付いていたからだった。テラスの自殺の動機を考えるまで、僕らには入れ替わりの発想すらなかったというのに、偶然カラスだけが気が付いたとは考えにくい。
これも、フラン王女の差し金だったのだ。きっと、アランに自らの正体を明かすように指示していた。生贄を用意させるために、カラスには人殺しになってもらわなければならなかったのだ。
すべては、異世界の門を開き、ゼンマイ仕掛けの動力装置を起動させるため。
そして、その目的も明白だった。震駭の魔王城を打ち砕き、戦争を終わらせる。明確だからこそ、隙は一切なかった。
彼女は正義のもとに動いている。正義のぶつかり合いに僕は負けたのだった。
「ヤユ・オーケア。貴方もよくやったとおもいますよ。絶体絶命の状況から、ここまでこれたのですから。あとは、全て終わるまでお待ちください」
「魔王討伐戦線は僕だけじゃない。地上には大勢の味方が僕の帰りを待っている」
「わたしだって、魔王討伐戦線と敵対するつもりはありませんよ。貴方のことだって、不敬罪で処刑するだけの権限がわたしにもある。殺さずに生かしているのは、他の面々に黙ってもらうためです」
「王女、魔王討伐戦線を舐めないでもらいたい。僕に人質の価値はない。十年間動かなかった魔王城が動き出したんだ。ペテロの悲劇の再来の可能性があるのならば、空島を破壊してくれるはずだ」
「ヤユ・オーケア、戦争は始まる前から終わっているって話、忘れたんですか? 既に、パラス国には根回し済みなんですよ」
「なに?」
フラン王女は饒舌に語る。
天国の魔王城が浮いているのは、滅んだ町ペテロの上だ。例え、天国の魔王城がルーゼン家の所有物だったとしても、魔王城に向かうためには必ず国境を渡らなくてはならない。
双子のような一般人ならともかく、隣国の王族ならば、パラス国の王族に話を通す必要があった。
「パラスとダルフは不可侵条約を結んでいます。『天国の魔王城』で起きることは、両者不問とする。城内で何が起きても、口出ししない……、パラス国側も、快く了承して頂きました。パラス国側もルーゼン一族とは関わりたくなかったんでしょう」
「でも」と、彼女はうなずく。
「貴方の言う通りですね。時間をかければ、外部から邪魔が入るかもしれない。さっさと終わらせましょうか。オルタ・ルーゼン、無限魔力吸収砲撃の準備はできていますか」
脳奪されてから時間が経っているからか、オルタは無表情に動く人形のように口だけを動かした。既に、十分な魔力量がたまっている。オルタの報告に、フラン王女は満足したように頷いた。
「狙いは南国の国境沿い、震駭の魔王城です。周囲の街も、魔王に従う反逆者たち。全域に照準を定めてください」




