81.銃口の向き先 2
最初から最後まで、ダルフ国王族組の目的は変わらなかった。
軍事力強化。
そのためだけに、異世界の門を開きに来た。
彼女たちにとって、異世界の門を開くことは過程に過ぎない。目的は、魔王城を動かし、その足で敵国を滅ぼすことだった。
「勿論、認めてくださいますよね。オルタ・ルーゼン。第三の難問を解いたのは、このフラン・ミルターなのですから。それとも、命じる必要がありますか?」
オルタは「認めましょう」とだけ言葉を返した。赤い帽子を深くかぶった彼女の表情は読めない。だが、認めたという事実が重要だった。
既に、異世界の門の所有権は、フラン・ミルターに渡っていた。
「待ってください」
「次につまらない質問をしたら、不敬罪で死刑にしますよ。ヤユ・オーケア」
「つまらない話をしているのはお前だろうが」
僕はナイフを手に取る。
「人殺しを裁く権利は僕にはない。隣国の戦争に口出すつもりも、異世界の門の所有権についても文句はない。だけど、天国の魔王が残した技術を使うことだけは許容できない。魔王の力を使うのは、魔王になることと同じだ。力を借りることは、異世界を認めることになる」
「それ、転生者の貴方が言います?」
「僕は転生者である以前に、魔王討伐戦線としてここに立っている」
「あら」
ここに来て、僕も当初の目的を果たさなくてはならなくなった。
僕だって、最初から最後まで同じ目的である。
先輩から託された二つの任務。主催者の裏の目的を暴くこと。他の招待客の正体を暴くこと。
どちらも既存の魔王を束縛し、新しい魔王の発生を事前に防ぐためのものだ。
天国の魔王が残した魔王城という兵器。それを利用しようと考えているオルタもフラン王女も、僕からしたら束縛対象だった。
潜伏任務の目的は達成された。全員の正体も目的も暴いた。もはや、ここにいる理由すらない。
本当は正体を明かさない方が良かったのかもしれない。フラン王女にとって、僕らは敵じゃない。異世界の門を求める競争相手ではあったけれど、それだけの関係だ。
魔王討伐戦線と名乗り、ナイフを向けることをしないで黙っていれば、無事に帰れただろう。
でも、だけれど。
例え、相手が魔王であっても。見殺しにすることなんて、僕にはできなかった。
「カラス・ムーアを解放し、異世界の門を閉じろ。これ以上、異世界の力を使うことは許せない」
「『吸血鬼』天野ヒトミが今更何を言っているんだか。我々がやっているのは戦争です。震駭の魔王に、年間何人の国民が殺されているかわかっているんですか? 貴方が今やっているのは、将来戦争が無ければ死ぬこともなかった人間を見捨てることになります。そのために、震駭の魔王に支配されている南国の一部の街を消し飛ばすことに何の問題があるのですか」
「魔王の力を使うということは、異世界を認め、魔法を否定することになる。一度でも手を染めれば、もう戻ることはできない。将来死ぬ人数を数えるなら、天国の魔王の力を利用した方が多くなる」
回復魔法の仕様の穴をつき、無限に魔力を惹きつける引力を生み出すこの装置は、あまりにも危険だった。
この攻撃方法を王族が使えば、いずれ一般にも浸透することになる。その先にあるのは、目先の戦争とは比べものにもならない悪夢だ。
回復魔法が無くなる。
死者は加速度的に増えていき、平和は遠ざかる。
魔法文明が終わりを迎える。
これだから、魔王はいてはならないのだ。外患誘致罪というレベルではない。魔法を否定することは、星を脅かす存在になるということだ。
ゼンマイ仕掛けの動力装置を開発した天国の魔王は、紛れもなく魔法を使わずに王になれる存在だった。死後なお、彼の遺産が動き続けるのならば、僕は止めなくてはならない。
そのために、僕はここ立っている。
「平行線ですね」
フラン王女は透き通った声で呟く。
「国防のわたしたちと、文明単位で先を見ている貴方。どちらかが間違っているなんてことは無いのでしょう。きっと、どちらも正しい」
「それじゃあ」と、王女は金色の瞳を輝かせる。何かしらの魔法を起動させた。
「正義のぶつかり合い。戦争をしましょう」
何かが来る。それでも、僕にできることは前に走ることしかなかった。魔法は使えず、手持ちは刃渡り二十センチのナイフのみ。近距離で戦うしかなかった。
「ソクラ!」
それは、僕だけの場合である。今は違う。
僕の隣には彼女がいた。対魔法使い戦において、彼女を上回る戦闘力を誇るものはいない。
予備動作なしの高火力魔力砲。回復魔法が終わるまでの五秒間の猶予は、僕が距離を詰めるまでの時間を十分稼いでくれていた……、筈だった。
「待って」と、小さな声が聞こえ、手を引かれる。そのまま、足を払われて地面に叩きつけられた。僕の上に乗るソクラは、何故か緊迫した様子で目を見開いていた。
彼女の奇行に理解できず、かといって両手を押さえつけられ身動きも取れない。そんな僕らを脅すように、異音が鳴り響いた。
黒剣である。僕の頭部を形どるように地面に突き刺さっていく。
「戦争というのは、始まった段階で勝敗が決まっているものです」
顔を上げると、いつのまにか僕の前に立っていたフラン王女が僕を見下していた。距離というアドバンテージを捨てても、状況が覆らないほどの差がそこにはあった。
黒剣ーーつまり、シン先生はフラン王女の方に付いたのか?
世界の底で僕の隣に立っていたソクラが、僕を裏切った?
いや、違う。それは、彼女たちの顔を見ればわかる。
ソクラは苦虫を潰したような苦悶の表情を浮かべ、シン先生は怒りの形相でフラン王女を睨んでいた。
しかし、二人とも感情とは裏腹な行動をしている。僕を拘束するソクラと、黒剣を突きつけてくるシン先生。
命令魔法。カラス・ムーアを操り、自ら棺桶の中に入るように命じた、フラン王女の魔法。
ソクラとシン先生に対しても、命令魔法は有効だったことになる。フラン王女は嘲笑うように、勝利を宣言した。
「拮抗した力など存在せず、賢いものが勝つ。勿論、それはわたしの方ですが」




