78.呆気ない幕引き
第一の殺人、ケプト・ルーゼンの死は密室と全員にあるアリバイによって迷宮入り仕掛けていた。
ケプトが食堂を出てから死体として発見されるまでの間、一人で行動したものはいない。
食堂に残ったのは、オルタ、ソクラ、シン先生、テラス、そしてカオル。ケプトを探しに行くために派遣されたのは、僕、ティール、カラス、そしてアラン。
魔法使い同士の総合監視。魔法を発動するときにおこる魔力の乱れは、近くにいる魔法使いに検知される。だからこそ、魔法使い二人、転生者二人、計四人でケプトの捜索を行うことになった。
その前提がひっくり返る。
アランが転生者ならば、ケプトの捜索を行っていた四人の内訳が大きく変わる。
僕、ティール、アランの三人の転生者、そして、一人の魔法使い、カラス。
カラス・ムーアがアランの正体を見抜いていたとしたら。食堂の外に出た時に魔法使いが自分だけだと気が付いていたとしたら。
食堂から衣装室に移動するまでの間。彼女は魔法を使い放題だったことになる。
それは同時に、物理的な密室状態の無意味さを意味していた。
魔法が使えるのならば、密室なんてどうにでもなる。
「ち、ちがう!」
カラス・ムーアは叫ぶ。しかし、彼女のその表情は、自分の発言と矛盾しているようだった。
動揺、焦燥、狼狽……、そして、畏怖。
僕と同じように、「やっていない」と主張しているにも関わらず、説得力に欠ける。自分自身が罪を理解していような様は、哀れなものだった。
しかし、僕は冷徹に追い打ちをかける。テラス・ムーアが言っていた「殺人は何があっても許されない」という言葉を胸に刻みながら、『吸血鬼』天野ヒトミを責め立てるように。
「先ほどの話にもどしましょう。第二の難問の答えが、テラス・ムーアを殺した犯人の動機になる。これは、彼の立場になれば理解できる話です。第二の難問を解いたテラスは、動力装置を起動すれば異世界とつながることがわかった。そして、異世界の門を開くには生贄が必要だと理解した。だから、自らを犠牲にして、異世界の門を開こうとしたんです。きっと、カラスさんを異世界に連れていこうとしていたんでしょう」
メインディッシュは殆ど食べ終わった。もう、晩餐会は終わりを迎えようとしていた。
「わかりますか、カラスさん。テラスさんは、貴方が罪を起こしたことに気が付いていたんですよ。殺人を絶対に許さないテラスさんは、悩んだことでしょう。『警察官』として妹を許すことはできない。だけれど、第二の人生を共にした自らの半身である貴女を見捨てることもできなかった。だから、自ら死ぬことにしたんです。貴女を異世界に逃がし、救うために」
テラスが自殺するには十分な理由だ。死ぬことが贖罪にならないことは『吸血鬼』天野ヒトミが証明していた。
それでも、異世界に行けば変わるかもしれないと思ったのかもしれない。この世界に居場所がないならば、別世界にいくしかない。生まれ変わってもらうしかない。だから、異世界の門を開くことにした。
僕の推理を肯定するものも、否定するものもいない。テラス・ムーアは死んだ。彼の心境を聞くには、転生して再び会うしかなかった。
だけど、テラスがそう考えてくれればいいなと、僕は心の底から思っていた。
『吸血鬼』天野ヒトミと同じように首を切り、自殺したのは、前世で『警察官』として僕を見ていたからできたことだ。
未来に託す、転生者ならではの自殺。テラスが同じことをしたということは、別の世界に行けばやり直せると信じているようなものだ
妹が殺人を犯していた事実に気が付いた時点で、僕のことを許してくれたのではないか。そんな気がした。
「ちがう……」
弱く、情けない声がカラスから漏れる。
それは、自らの罪を否定する意味を持っていない。兄が、自分に向けた感情を否定したい、そんな気持ちが伝わった。
黒剣がカラスに向けられる。
追い詰められた真犯人は情けないものだった。問い詰めるシン先生に対し、カラスは許しを乞うように全てを自白した。
カラス・ムーアは肉体生成の魔法を得意とする魔法使いだった。指先を弾丸のようにして打ち出す攻撃をしていたが、その神髄は肉体の複製にあった。
自らの分身を作ることができた。それも、魔力が尽きない限り際限なく。
ケプト・ルーゼンを殺すのはあまりにも簡単だった。元より、殺される前提で衣装室で倒れていたケプトだ。転生者三人と共に食堂から出たケプトは、自らの分身を生み出した。
廊下が円状になっている魔王城だからこそ、僕らが時計回りに探索をする間に反時計回りに分身を走らせることが出きた。
衣装室に入り、ケプトを殺した後にマネキンを動かして扉を塞ぐ。密室ができた後に魔法を解くだけでいい。
テラスが自殺したことは完全に彼女の予想外だったが、兄のアリバイ工作の手伝いをしていた。自らの分身に兄と同じ格好をさせ、食堂に二人で現れる。
あとは、魔法によって生み出された分身だと気付かれる前に、魔法を解く。テラス・ムーアが僕を追い抜いて地下で死んでいた絡繰りは、単純に彼が二人いる時間があったからだった。
僕に対する容疑は完全に晴れた。
第三回捜査会議は終わりを迎えた。
ソクラが駆け寄ってくる。僕を抱きしめ、何かを言っていた。安堵によるものなのか、少し涙が出ているようにも見えた。
だけど、僕はソクラの肩越しに別のものを見ていた。カラスを束縛するシン・テーゼ、その隣で何やら喋っているティール。
違う、僕が気になったのは、残りの二人だ。
「オルタさん。行先を……」
カオル改め、フラン王女が聞き取れないほどの小さな声で何かを呟く。オルタは赤らんだ顔で「認めましょう」と返していた。
捜査会議は確かに終わっていた。だけれど、晩餐会が終わったわけではない。
動力装置を触るオルタが何かを呟く。それに応じるように、大地が揺れた。
これもまた違う、大地でなく、揺れたのは空島だった。
身の潔白を証明し、信頼を勝ち取った。僕の魔王討伐戦線としての人生が肯定された。これまでになく満ちているはずなのに、何故か僕は不完全燃焼な感情を持っていた。
そんな僕を嘲笑うように『天国の魔王城』が動き始めた。




